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28:なんで今の方が

「この部屋だ」


 翌朝。

 今日は休みだったらしいアーネスト様に、朝食をとった後私の部屋予定の場所へと案内してもらった。


「広いですね……」


 家格を考えると当たり前かもしれないが、実家にあった私の部屋よりも断然広い。

 寄付される予定の家具もまだ置いてあって、高級感あふれる煌びやかな印象のそれらを見ると、私好みの家具をと言ってくれたアーネスト様に改めて感謝を感じた。医学院の寮に適しているのかは謎だけれど。


「ちなみに僕の部屋はそこだ。もし君が隠れて魔術の特訓をしようとしても感知できるから、そう心得るように」

「わ、分かりました」


 二部屋ほど離れた所がアーネスト様のお部屋らしい。客ではなくプライベートエリアにいられる近しい存在として受け入れてもらえたことに、改めてぐっと胸に込み上げてくるものがあった。

 静かに感動に浸っていると、部屋の中へ入るよう促される。


「カーテンも家具に合うものでとりあえずまとめて持って来させるが、気に入らなければ後で好きに変えるといい。壁紙もまぁ、変えてもいいんだが……」


 言葉を切ったアーネスト様が、口元に意味ありげな笑みを浮かべてこちらを見た。ガーネットの双眸が楽しそうに輝く。


「君が本物の妻になる時には、部屋は僕の隣にするから、ね?」

「……っ」


 その表情から明らかに揶揄われていると分かっていても、顔が赤くなっていくのを止められない。

 本物の妻。いつかなれるのだろうか。仄めかされるだけでこんな風になってしまうのに、ずっとアーネスト様のそばにいてもいい権利を得られたら、幸せすぎて死んでしまうかもしれない。


 真っ赤になって俯く私の反応がお気に召したのか、アーネスト様は満足そうにふっと笑みを溢すと、踵を返した。


「ま、とりあえずは家具の配置を考えるといい。特に大型のものは後から動かすのも手間だからね。よくよく考える事だ」


 そう言うと、固まったままの私を置いてあっさり部屋を出てしまった。

 顔が熱い。その火照りを紛らわせるように、とりあえず窓へ向かう。一階の客間から見る景色とは違い、広々とした視界が気持ちよかった。


 これからこの部屋で、どんな日々を重ねてどんな関係を形作っていくのだろう。そしていつか、アーネスト様が口にしたように、この部屋を幸せな理由で離れる日が来るのだろうか。

 そう、信じたい。


「さて」


 大きく深呼吸して、部屋を見渡した。アーネスト様に言われた通り、いざとなって迷わないよう家具の配置を決めてしまわなくては。


 部屋を見て回ると、広々とした部屋の中にはゆったりしたバスルームもついており、客間にはなかった衣装部屋のような続き部屋まであった。十分に広いと思っていた客間を、アーネスト様が手狭だと言った意味が少しだけ分かる。


 買っていただいた家具も、ベッドやソファ、テーブルだけでなく、飾り棚や本棚、書き物用のデスクなど色々あって実は覚えきれていない。でもなんとなく覚えているものをここに置こうかと考える時間は、とても楽しかった。


 途中から部屋に来てくれたマリアさんともあれこれ相談しながら大体の配置を決める頃には、もうお昼時になっていたのだった。










 屋敷内が、いつになく活気があって騒がしい。


 昼食の後少しすると、家具を乗せた荷馬車が次々とファンセル邸に到着した。そしてまずは古い家具を2階から下ろしているようで、ハキハキした声かけが私のいる部屋まで響いている。


「もうしばらくかかるでしょうから、ゆっくりお待ちくださいね」

「はい」


 あらかたの家具が新しい部屋に入るまで待つよう言われたので、私はフリエさんと部屋で大人しくしている。たぶん大体の指示はマリアさんが立ち会って采配してくれるのだろう。

 楽しみで落ち着かない気持ちのまま、それを誤魔化すように紅茶を口に含む。


 結構大きくて重そうな家具もあったのだけれど、あれもそのまま人の手で運べるのだろうか。それとも分解して運ぶ? 気になるけれど、見学しに行くと確実に邪魔だろうから我慢しよう。

 そんな事を考えながら、しばらく経った時だった。


 急に。

 ガッシャーンッ、と。

 派手に何かが割れる音がした。


 全身を貫くような鋭利な音に、思わずソファから飛び上がる。申し訳ございませんっと謝る男の人の声が、大きく響いた。


 頭が真っ白になった。


 それ以外何も聞こえなくなるほどバクバクと大きく響く自分の心臓の音が、うるさい。

 呼吸が苦しい。

 嫌な汗がじっとり全身から滲み出るようで、なんだか気持ち悪い。


「……様。……ナ様っ」


 どうしよう。どうしよう。

 私はまた、何か……。


「セリーナ様!」


 不意に誰かに触れられて、バッとそちらを見た。


「っ、あ……」


 恐怖に駆られて振り返った先にいたのは、心配そうにこちらを見る知らない女の人。


 いや、フリエさん。

 フリエさん、だ。


「急に大きな音で、驚かれましたよね。何か落としてしまったのかもしれません。きっとすぐに片付けて再開しますから、心配なさらなくても大丈夫ですよ」


 こちらを安心させるように、ゆっくりと言葉を紡いでくれるフリエさんの声を聞いて、少しずつ、うるさかった心音が遠のいていく。


「すみ、ません。びっくりして……」

「ええ。私も驚いてしまいました。これは家具を割引してもらわなくてはいけませんね!」


 冗談めかすように明るい声を出すフリエさんは、きっと私を安心させようとしてくれている。


「誰も、怪我がないといいのですが」

「元気に謝る声もしましたし、大丈夫ではないでしょうか。それより新しいお茶でもお持ちしましょう。ささ、すぐ持って参りますから、座ってお待ちください」


 そう言われて、自分がソファの前で立ちすくんでいる事に気がつく。力が抜けて、ぽすんとソファに身を沈めた。


「何も心配いりませんよ。大丈夫です。ではすぐに戻って参りますね」


 そう言うと、フリエさんは素早く部屋を退出していった。


 1人になった部屋で、自分を宥めるために何度も深呼吸を繰り返す。そうしてやっと落ち着いてきた胸に、そっと手を当てた。


 びっくりした。

 音にもびっくりしたし、異常なほど反応してしまった自分にもびっくりした。投げつけられたものが壊れる音も、怒号も、ついこの間までは珍しいものではなかったのに。

 なんで今の方が、怖いと思ってしまうのだろう。


 変なところを見せてしまって、フリエさんにも申し訳ない。気を使わせてしまっただろう。自分が情けなくて嫌になる。

 重く苦いため息を吐いていると、ドアをノックする音が響いた。もうフリエさんが戻ったのかと、驚きに顔を上げる。


「はい。……え?」


 けれど返事をするとほぼ同時にドアを開いて姿を見せたのは、フリエさんではなく、なぜか渋い顔をしたアーネスト様だった。

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