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2:終わりの見えない闇

 祝賀会の当日。与えられたドレスを見て、血の気が引く思いがした。


「無理、よ…」


 10代前半の可愛らしい令嬢が好むような、過剰にフリルのついた淡いピンク色のドレス。年齢的にも見た目的にも、とても今の自分に見合うものではない。


 それに何より、背中が大きく開いているのが問題だった。背中側はほぼ編上げのリボンしかなく、隙間からは素肌が覗くデザインだ。


 私の背中には、大きな火傷の跡がある。

 こんなドレスを着てはそれが顕になってしまうのに、一体何を考えてマリエラ達はこのドレスを寄越したのだろう。そもそもこの火傷は、マリエラの魔術のせいでついたものなのに。それを、王子殿下が主催の会で人目に晒せと言うのか。


 震える足で、叔母のもとへと向かった。


「お、奥様っ」


 マリエラと部屋で談笑していた叔母を訪ねると、鼻で笑われた。


「まだ用意をしていないの。お前のために出発の時間を遅らせるなんてできなくてよ。そんなことも分からないの?」

「やだわ、セリーナったら。何をするにも本当にとろくさいわね。さっさとドレスを着て来なさいな。あんたにはあのドレス、とってもお似合いよ」


 親子でそっくりな表情で嗤われて、挫けそうになる。でもさすがにあのドレスに袖を通す勇気は持てない。


「恐れながら、あのドレスでは、背中の火傷の跡が……」


 震えそうになる声を抑えてなんとかそう伝えると、叔母は小首を傾げた。


「ああ、お前が自分で魔術に失敗してついた跡よね? 可哀想に」

「あははっ。セリーナったら本当にドジよね。この機会だもの、みんなにあんたの愚鈍さを分かってもらうといいわ」


 一瞬。何を言われたのか理解ができなかった。

 私が魔術で失敗してついた跡? マリエラのせいでついた火傷の跡なのに? この傷跡さえ私を貶めるために利用するというの?


 あまりの言葉に絶句していると、めんどくさそうに睨まれた。


「で? いつまでそうしているつもりなの。本当に出発の時刻を遅らせる気なのかしら?」

「イヤだわ。そんなことになったらどう責任を取るつもりなの。居候の分際で私たちに迷惑をかけるなんてありえない。さっさと用意してきなさいよ」


 その言葉に、仄暗い怒りが浮かんだ。

 いっそ、本当に傷跡を晒して祝賀会に出て、この傷はマリエラにつけられたのだと周りに訴えてしまおうか。この人たちに受けた仕打ちを涙ながらに語って、その信用を地へ落としてしまおうか。そんな考えが頭を過った。


 でも、そんな事をして誰が助けてくれるだろう。私のために、伯爵である叔父を糾弾してくれる人がいるだろうか。


 貴族の家族間での出来事を、法は裁かない。

 ただ連れ帰られて、さらに酷い罰を与えられる未来しか見えなかった。


「……着替えて、参ります」


 一言そう告げて、部屋を後にする。涙が込み上げてきて視界が滲んだ。

 部屋に戻って、古くなって破れた白いエプロンを引っ張り出した。どうせ似合わないデザイン。どうせぶかぶかで合わないドレス。


 火傷の跡を隠すように体にエプロンを巻き付けて、その上からドレスを着込む。苦労して一人で着付けて、なるべく背中の開いた部分を絞める。せめてもと長い髪は背中を隠すためにほとんどをそのまま流して、着替え直しを命じられないよう時間ギリギリに部屋を出た。


 身の震えるような惨めさを抱えながら、背中の火傷をつけられた日を思い返していた。








 それは叔父に引き取られて間もない頃だった。


 父の代から勤める使用人達は私に同情的で、領地のことを放置して王都のタウンハウスに住み着いた叔父一家が、私を虐げようとすることに眉を顰めていた。


 だが主はあくまで伯爵である叔父。表向きは叔父達に従いつつ、裏でこっそりと私を手助けしてくれる者もいた。

 そして悲劇が起こった。


「なんで勝手なことをするの! 使用人の分際で!!」


 叔母が私に命じたエントランスの掃除。まだ要領が分からず戸惑っていたところ、顔馴染みの使用人がこっそりとやり方を教えてくれた。そして教わるだけにしておけば良かったのに、手伝ってくれると言う申し出をありがたく受けてしまったのだ。

 それが伯爵家に入ったばかりで気が大きくなっていたマリエラの目に入り、逆鱗に触れた。


「お母様がセリーナ一人にやらせろって言ったでしょ!? そんなことも分かんないの! 使用人のくせに!」


 叔父は周りの反対を押し切って、没落寸前の男爵家の娘だったアラベルと結婚したと聞く。伯爵家から最低限の金銭的支援は受けていたらしいが、それでも多くの使用人を雇えるほどではなかったのだろう。伯爵家にきてから、叔母とマリエラは特権として使用人にあれこれ命じることを好んだ。


 だからこそ、自分達の命令が軽んじられたことに異常に腹を立てたのだ。


「役立たずなんていらないわ! いらない! 消えなさいよ!」


 そして昂った感情は、そのまま形となって私と使用人を襲った。


「っ、きゃあああああっ」


 突然目の前に現れた大きな火球。恐怖に悲鳴をあげた使用人を咄嗟に庇った。相殺しようと魔力をぶつける。けれど咄嗟のことに殺しきれなかった熱は、容赦なく私の背中を焼いた。


「いやあぁっ、お嬢様ぁっ!」

「なんてことっ! 医者、医者を!!」

「水を、早くっ」


 その場は騒然となり、この事態を引き起こしたマリエラ自身も、意図せぬ魔力の大量消費に意識を失い倒れていたらしい。


 魔力は貴族の血に強く受け継がれる。だから貴族であればそれを暴走させないよう抑える訓練を幼少の頃にするものだが、マリエラはそれを学べていなかったのだ。

 この事態はさすがの叔父夫婦も無視できず、火傷が治るまでは最低限の療養と治療を施された。けれどその痛ましい跡は消えなかった。


 そして、私の待遇が良くなることもなかった。

 療養している間に、数を減らした使用人。それを補うように、後から後から増えていく雑用。完全に心を折られた私を言葉一つで動かし、貶め、気まぐれに食事を抜いて、たまに外へ連れ出して嘲笑の的にする。

 それは年々陰湿さを増し、終わりの見えない闇は私の目の前にずっと続いていた。

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