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25:手紙

 懐かしい名前。動揺に震える手で封筒から手紙を取り出して、目を通す。


 祖母からアーネスト様に宛てて書かれたそれは、祝賀会で叔父一家が無作法をしたことへの謝罪から始まり、孫である私が虐げられていたことに気付けず何もできなかった事への後悔、そしてどうか孫をよろしくお願いしますという嘆願が綴られていた。

 か細く震える文字を読み進めるうちに、じわりと涙が滲む。


「君の祖母は領地に?」

「はい。もともと身体が丈夫ではなかったのですが、祖父が病気で亡くなってからはさらに体調を崩しやすくて、領地の治療院に入院しているのです。その翌年には魔物襲撃の事件もあり……」


 私を除く長男一家まで亡くした祖母は、随分気落ちしていた。そのうえ次男一家は見舞いにも来ることなく、私を連れて王都のタウンハウスへ行ったきりだ。


 父が健在のうちは家族で見舞いにも行っていたけれど、この4年は寂しく日々を過ごしたはず。そのうえあのような出来事を耳に入れることになった祖母の心を思うと、胸が痛んだ。


「なんなら、君の祖母を王都に呼び寄せるか? 僕が魔術で転移させれば移動の負担もほぼないし、治療院の技術も王都の方が上だろう」

「え?」


 思っても見ない提案に、思わず手紙から顔を上げてアーネスト様を見た。すごく魅力的な提案だし、私の祖母にまで手を差し伸べようとしてくれることが本当に嬉しい。


 けれど、私はサバスティ家から外れた身だ。そして祖母はサバスティ家に属する者で、基本的に当主の意向に従う必要がある。

 もしアーネスト様にお願いして祖母をここに呼び寄せると、私やアーネスト様に対して、当主である叔父が誘拐だと訴え出る可能性もゼロではない。アーネスト様はそれを黙らせる力があるからこその提案かもしれないが、やはりそんなリスクを背負わせるわけにはいかなかった。


「ありがとうございます。でも祖母は祖父や父たちの眠る領地を離れたがらないかもしれません。まずは手紙を出してみてもいいでしょうか?」

「ああ、手紙くらい好きなだけ出せばいい」

「では早速今夜にでも、手紙を書いてみます」


 もし祖母を呼び寄せるならば、叔父の許可を取るか、祖母に伯爵家との縁を切ってもらうしかないだろう。

 祖母の気質からして、そこまでして王都に来たがる気はしない。とりあえずは私が無事であることを伝えて安心させてから、それとなくこのことを聞いてみよう。そう決めて、アーネスト様を見る。


 きっと新聞の内容からは、私がこんな風に呑気に幸せを噛み締めているなんて想像できないだろう。私からの手紙を見た時、祖母は安心してくれるだろうか。


「……なんだ?」


 じっと見つめてしまったためか、アーネスト様が訝しげにこちらを見返した。


「いえ。ただ手紙の内容がアーネスト様の素晴らしさをひたすら称賛するものになりそうで、祖母に呆れられないかと心配しただけです」

「君は一体何を書こうとしてるんだ」


 呆れたようにアーネスト様が言って、コーヒーを飲み干してから席を立った。


「便箋等は後ほど部屋に届けさせる。書き終わったら誰かしらに渡せばいいし、今後も好きなだけ文通だろうがものを贈ろうがすればいい。見舞いに行ってもいいが、僕はサバスティ領には行ったことがなく、行きは転移ができない。日程は僕の休みに合わせてくれ。スケジュールはエーゼルが把握している」


 それだけ言うと、足早に食堂を後にしてしまう。

 最後のセリフは、私が見舞いに行きたいと言ったら同行してくれるということなのだろうか。また手紙に書きたい内容が増えてしまったが、一度に書いて送るととんでもない分厚い手紙になってしまうに違いない。


 好きなだけ文通すればいいとの言葉ももらったし、何度かに分けて今までのことを伝えよう。そうしている間に、また書きたいことが増えるかもしれないけれど。

 幸せな心地のままに、最初の手紙に書く内容を考るため私も自分の部屋へと向かった。









「よし」


 やっと手紙を描き終わり、書いた内容を念の為読み返す。

 手紙の内容は想定通りアーネスト様への感謝が大半を占めるものになったが、叔父一家の仕打ちに触れて祖母を落ち込ませるわけにはいかないし、これでいいのだろう。


 私も改めてここに来てからのことを振り返ったけれど、短い間に本当に色々なことが起こった気がする。

 そして同時に、迷惑しかかけていないような私に対して、アーネスト様が優しい態度のままなのも今更不思議に思った。


 私に同情しているだけの可能性も否めないけれど、アーネスト様が私専用の部屋を作ろうとしてくれている事実には希望を見出してしまう。

 この関係がいつどのように変わるのかは分からない。でもお互いを知る時間を作ってもらえたことが嬉しい。


 王子殿下もあれ以来、このお屋敷を訪れていない。あの時の縁談の提案を殿下が忘れてくれればいいのにとさえ思ってしまうが、アーネスト様が私を妻にできないと判断した場合、また話が浮上するのだろう。


 手紙の確認を終えて、封筒へと入れる。

 祖母のお見舞いには行きたいけれど、サバスティ領までは列車と馬車を乗り継いで半日以上かかる。この国の列車は魔石を原動力に動くため利用料は結構高いし、アーネスト様の休日を潰してしまうのも気が引けた。


 ドレスや宝石類も全て叔父一家に奪われて無一文の私には、気軽に行きたいとは言い出せない。でも叔父と過ごす間は送れなかった手紙を自由に送れるのだから、それだけでとてもありがたかった。


「そろそろ寝ましょう」


 手紙を書いていて、いつもより夜更かししてしまった。明日も魔術の訓練をしたいし、しっかり体を休めなくては。大きく伸びをしてから、ベッドへと向かう。

 ふかふかのベッドは、すぐに私を優しい夢へと誘ってくれた。


 そして翌朝。


「おはようございます」

「……ああ、おはよう」


 なんとなくご機嫌麗しそうではないアーネスト様が、新聞ではなく手紙を物憂げに眺めている。


「どうかなさいましたか……?」


 珍しい様子に恐る恐る声をかけると、アーネスト様がなんとも言えない視線をこちらに向けた。


「余計なことばかり行動が早い殿下から手紙が来てね。申し訳ないが、君宛にと同封されていた手紙も先に読ませてもらった」

「それは構いませんが……」


 私と殿下の間に、アーネスト様に隠さねばならない情報もないだろうから読まれても気にする事はないが、どんな内容なのかは少し怖い。


 縁談の候補者リストとかだったらどうしよう。昨日忘れてくれていたらいいのにと願ったばかりなのに。

 朝から憂鬱な気分になってしまったが、アーネスト様はひとつため息を吐くと手紙を畳んでテーブルに置いた。


「ま、後で読んでみるといい。必要になるかもしれないことと、わけの分からないことが書いてある。前者はともかく、後者に殿下の介入を許すかはよく考えることだ。ただ殿下の思いつきは僕にとっては傍迷惑なことが大半だが、どういうわけか僕以外の人にとっては喜ぶべき結果に繋がることが多いらしい。忌々しいことだけど」

「そう、なのですか」

「手紙の返事を出すかどうかは、君に任せる。だが出さなければ、殿下のよく分からない計画は進むものと考えた方がいい。はぁ、なんでアレは大人しくしていられないのか……」


 なんというか、アーネスト様の殿下に対する信用のなさがひしひし伝わってくる。たぶん仲はよろしいのだろうけれど、アーネスト様は殿下に振り回されがちなのかもしれない。


 なんとなく双方とも浮かない雰囲気のまま朝食を終えて、そしていつものようにアーネスト様が仕事へ行くのを皆で見送った。

 気は重いが、殿下からの手紙を放置するわけにもいかない。一体何が書いてあるというのだろうか。正直読みたくない。


 小さくため息をついて、重い足取りで部屋へと向かったのだった。

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