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24:魔術

 

 嬉しいお出かけの翌日。今日からようやく魔術を習えることもあり、私は朝からやる気に満ち溢れていた。


 午前中は新聞の仕分けをしたり、エーゼルさんにもらった魔爵家一覧を頭に入れたりして過ごし、お昼を過ぎてようやくマリアさんが迎えに来てくれた。

 動きやすい服に着替えた後、マリアさんについて屋敷の裏手から廃域方面に庭を歩いていく。するとしばらくして景観の仕切りを兼ねた木々が途切れ、そこには何もない、広々とした土地が広がっていた。


「すごいですね……」


 草木も何もない、ただ真っ平に整備された地面が広がる様は圧巻だった。周りを見渡すと、鉄格子のようなもので隣の敷地と隔てられてはいるものの、両隣も同じように何もない整備された地面が広がっている。


「誤って何かを燃やしたり壊したりしてはいけないので、訓練場はこのように何もない状態にしているのです」

「なるほど」


 確かにお屋敷を壊してしまっては大変だ。心置きなく魔術を習ったり試したりするのに、こういった場所は必要なのだろう。


「セリーナ様は今まで魔力を抑える訓練のみで、使用することはほとんどなかったとお伺いしております。なので火魔術で一番容易な、火を灯す術から始めましょう」

「はい、よろしくお願い致します」


 魔力を意図して扱ったのは、従姉妹の出した炎を相殺しようとした時くらいだ。あの時もそれで炎が相殺できるという確信があったわけではなく、どうしようもない状況から逃れるための咄嗟の行動だったので、正直あまりきちんと覚えてもいない。


「望む事象を起こす事は、感情や意志の力だけでもできないことはありません。ですがそれは、とても効率が悪いのです。魔力の動かし方、練り方で魔力の消費を抑えつつ、より威力や効果の高い結果を得られます」


 そう言ったマリアさんが、持っていた袋から片手でかろうじて掴めるくらいの太短い蝋燭を取り出した。それを地面に置くと、私の方を振り返る。


「私が今から火を灯しますので、魔力の流れを感じてみてください。人によっては、この魔力の流れを感じるというのが難しいこともございます。まずはそれを感じられるようになってから、実際に魔術を試してみましょう」

「分かりました」

「では始めますね」


 そう言ったマリアさんが蝋燭の方へ手を向けたので、じーっと観察する。するとその手の先でゆっくりと金色の光が伸びて、そしてまるで知らない国の一文字のような形を成したと思った瞬間、蝋燭には火が灯っていた。


 アーネスト様の操る魔術は複雑すぎて全然真似できる気がしないけれど、これならできるかもしれない。


「あの、私も試してみてもいいですか?」


 もう一度マリアさんの術を観察した後にそう言うと、マリアさんが驚いたように目を見開いた。


「セリーナ様は魔力の流れを読むことに長けていらっしゃるのですね」

「そう、なのでしょうか」


 あの文字みたいなものはそんなに難しくないと思うのだけれど、驚かれるようなことなのだろうか。もしかして魔力の流れの読み方とやらを勘違いしている可能性も頭に浮かんで、少し戸惑う。


「できるイメージが浮かんだのであれば、実践されてみた方が上達は早いかと存じます。魔力が多すぎるとこの蝋燭を全て溶かす結果になることも考えられますので、最初は魔力を控えめにしてみてください」

「分かりました」


 とりあえず試してみる事にして蝋燭に向き直る。

 そして、結果。

 簡単にできそうな気がした火を灯す魔術は、やってみると全くダメだった。そもそも今まで魔力を抑える訓練しかした事がないため、魔力を使う感覚がよくわからない。適量はどのくらいの感覚なのか。魔力であの一文字を描くには?


 使おうとする魔力が多すぎて従姉妹のように暴走させたらどうしよう、という恐怖も胸の内にあって、焦りと不安が感覚をさらに鈍らせた。


「思った以上に難しいのですね」

「焦らず、ゆっくり進みましょう。今は魔力を取り出す量が極端に少ないようですから、少しずつ増やすように意識してみるとよろしいかと存じます。もし疲れや気持ち悪さなどを感じたら、すぐに教えてくださいね」

「はい……」


 マリアさんに心配されつつ何度か試してみたものの、結局蝋燭に火が灯ることはなかった。そして特段の成果もないまま、無情にもアーネスト様と約束した30分が経過してしまったのだった。








「おかえりなさいませ」

「ああ。魔術はどうだった?」


 夕方帰宅したアーネスト様をお出迎えすると、あっさり通り過ぎるかと思ったアーネスト様はわざわざ立ち止まり、私の顔を覗き込んだ。


「あの、あまり、進歩はなく……」

「まぁ初日はそんなものだ。君がいきなり魔術を使いこなす方が驚くね。体調に変わりはないかい?」

「はい。もう少し長く訓練しても大丈夫そうです」


 流石に30分は短い。そう思ったのだけれど、アーネスト様は呆れたように首を振った。


「おやおや。訓練に熱心なのはいいことだが、自分を過信しないことだ。また寝込んだりしたら、問答無用で治療院に入院させるからね」

「そ、それは嫌です」

「なら地道に頑張ることだ」


 私の遠回しなお願いをあっさり切り捨てると、アーネスト様はいつものように猫達を引き連れて自分の部屋へと向かってしまった。少し残念だが、無理をしてまたみんなに迷惑をかけてしまうわけにはいかない。とにかく明日も30分の訓練を精一杯頑張ろうと決意をして、その背中を見送った。


 そして夕食時。

 訓練のおかげかいつもよりも美味しく感じる夕食を食べながら、アーネスト様に魔術を扱うコツを聞いてみた。


「コツねぇ。まぁ身も蓋もないが、才能と慣れだ。既存の魔術を習得する際は、魔力の流れを感じ取ってそれを自分の魔力で再現するが、難易度によってはそれに数ヶ月かかることさえある。魔爵家では幼少から魔術に触れるが、君はその機会がなかっただろう? 魔力を感じることにさえ、時間がかかってもおかしくない」

「今日は一応、魔力の流れは見えたのですが、それを再現する以前で止まってしまいました。適した量の魔力を取り出すというか、扱うというか、その感覚がよく分からないのです。もし魔力が多すぎて、暴走してしまっても怖いですし……」


 そう伝えると、アーネスト様は少し考えた後、ゆっくりと口を開いた。


「そうか。君の場合は魔力暴走への恐怖で、無意識に魔力を押さえつけているというのもあるんだろうね」

「あ……」


 そう言われると、十分に思い当たる節がある。


「まぁ水なら暴走してもずぶ濡れになる程度で済むことが多いが、火や雷は痛みや破壊を伴う。恐れるのもあたり前のことだ。無理に急ぐこともない。慣れるまで、気長に向き合えばいいさ」


 アーネスト様に内心抱えていた恐怖を当たり前だと肯定してもらえて、なんだか心が軽くなる。それと同時に、やっぱり魔術を使えるようになりたいという思いも強くなった。アーネスト様の、魔爵家の軸である魔術に、私も触れたい。


「マリアは簡単な光魔術も使えるから教師役にいいと思ったが、君の場合は雷から始めた方が気が楽なんじゃないか?」

「いいえ。このまま続けさせてください。蝋燭にくらい、火をつけられるようになってみせます」

「ふっ。なら頑張ってみるといい」


 少し目を細めてこちらを見たアーネスト様が、ついと指を動かした。複雑な紋様が描かれると同時に、氷の花吹雪が私の視界の前を美しく流れ、そして跡形もなく消えていく。

 氷と風の魔術の組み合わせだろうか。幻想的で不思議な光景に思わず目を丸くしていると、アーネスト様が穏やかな声で言葉を紡ぐ。


「慣れれば、魔力を扱うことは手足を扱うのと同じようなものだ。わざわざ己を殴ろうとしなければ、痛い思いをすることもない。普段自然に魔力を抑えていられるように、そのうち自然に扱えるようになる。ま、たまに転けて怪我をすることも無くはないから、油断は禁物だけどね」


 その言葉と共に幻想的な光景も消えて、まるで夢から覚めたような思いがする。


「すごく綺麗で素敵な魔術ですね」

「国王陛下の生誕祭では、さっきみたいな見せ物の魔術を披露する機会もあってね。攻撃魔術を捻じ曲げて使うから結構こちらの負担は大きいというのに。まったく、この国は魔術師使いが荒くて困る」


 やれやれと首を振ったアーネスト様が、私の手元を見てひょいと片眉を上げた。


「おや、話しすぎて食事の手を止めてしまったらしい」


 その言葉にはっとして、残り少ないポタージュをはしたなくない程度に急いで口へと運んだ。そしてメインのお皿が運ばれるのを横目にしつつ、生誕祭について聞いてみる。


「生誕祭では先程のような魔術がたくさん見られるのですか?」

「ああ。今年は終わったばかりだが、気になるなら来年参加すればいい。僕は術を披露する魔術師か招待客のどちらかで強制参加だろうからね。どちら側でも君を伴うことはできる」


 それは来年も私がアーネスト様と共にいることを前提とした言葉で、自然と顔が綻んでしまう。


「すごく、すごく楽しみです」

「なら体調を万全にすることだ。楽しいだけでなく、あれこれ口喧しい者達もその場にいるのだから」

「はい」


 そもそも麗しいアーネスト様の隣に立って見劣りしない自信はないけれど、少しでもマシに見えるように美容にも気を使うべきかもしれない。とりあえずは体型を戻してちょうどよいところでキープしなければ。

 そう思いながらメインの柔らかいお肉もきっちり食べて、いっぱいになったお腹に満足感を感じながら食後の紅茶をゆっくり口に含んだ。


 どこかのんびりとした空気を楽しんでいると、ふとアーネスト様がエーゼルさんに視線をやった。するとエーゼルさんが私に近づき、一通の封筒を渡される。


「こちらは?」


 すでに封を切られたそれは、アーネスト様宛ではないだろうか。読んでいいのか目線で問うと、アーネスト様は一つ頷いた。


「差出人を見てごらん」


 そう言われたので封筒を裏返し、一瞬我が目を疑った。そこに記されていたのは、サバスティ伯爵領にいる祖母の名前だった。

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