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番外編1

 クメルヴェルグ国王の嫡男であるナイシェルトは、頭を悩ませながら王族のプライベートエリアに作っている自分の書斎へと向かっていた。

 

 今日は休日であるし持ち帰った急ぎの仕事があるわけではないが、従兄弟であるアーネストが祝賀会で攫ってしまった女性についての対応に頭を悩ませており、とりあえずもう一度集めさせていた資料に目を通そうかと思ったのだ。

 昨日混乱のまま王宮に帰った後、もしかすると本当にアーネストを理解してくれる女性が現れたのかもしれないと、一旦は母と一緒に喜んだ。しかしその様子を見ていた父から「お前の干渉が過ぎて誰でもよいから娶ることにしたのでは?」と言われてからは、心に暗雲が垂れ込めている。


 自分はアーネストに干渉しすぎるが故に避けられがちで、母は心配しすぎるが故になかなか本音を聞かせてもらえない。だから父にアーネストと話をしてもらったわけだが、その父は酔い潰されて、夕方近くになった今でも二日酔いで呻いていた。とりあえず様子を見守れ余計なことはするなと言い渡されたが、どうにも落ち着かない。


 やるせないため息が漏れる。

 アーネストは口や態度は悪いが、根は真面目だし懐に入れた者にはなんだかんだ優しい。あの態度も、己を守るための鎧のようなものだ。今でこそ強固な地位を築いているアーネストだが、家を継いだ当初は誹謗中傷や陰湿な嫌がらせが絶えなかった。


 それは父親から爵位を奪ったことのみが原因ではない。ファンセル家が長く公爵位を独占していることやアーネスト自身の才能への嫉妬、誤解、そして今なら年若いアーネストを引き摺り下ろせるのではという魔爵家の思惑が、彼を苦しめた。


 それを己の才覚のみで切り抜けてきたアーネストのことを尊敬している。それと同時に、どんどん人を寄せ付けなくなった彼を心配していた。


 けれどどうにもアーネストの為にと自分が行うことは空回りしがちで、彼に疎ましがられてしまう。祝賀会の件も、アーネストからの警告だったのだろう。

 だから巻き込んでしまった女性を回収して、しばらくは大人しくしていようと反省したわけだが、予想外にアーネストに追い返されてしまい途方に暮れていた。


 もしかしたら何かしら過去に関わりのあった女性なのかもしれないと部下に再調査を命じてはいるが、祝賀会の際には面識があるようには見えなかった。

 アーネストは恐ろしい噂話ばかりが先立つうえ、本人もあの態度なので初対面の女性に好かれるとは思えない。だからこそ、昨日見た彼女の態度には大いに困惑させられた。


「まさか本当に父上の言った通り、私に干渉されるのが嫌という理由で、彼女を妻に迎えるわけではないだろうな……」


 そんな恐ろしい予想が頭をよぎる。あの場では混乱したが、アーネストは洗脳で人を操るような非道な真似はしないだろう。けれど行く当てのなさそうな彼女と交渉して、お飾りの妻になるよう説得する可能性はある。


 ナイシェルトとしてはただアーネストの側にその心を癒してくれる存在を迎えて欲しかっただけなのだが、それが最悪の結果に結びつこうとしているようでジクジクと心が痛んだ。自分の行いのせいで、アーネストが心の通わない冷たい結婚をしてしまったらどう償えばよいのだろう。


「はぁ……」


 暗く沈んだ心を抱えて、書斎のドアを開けた。


「遅い」

「うわっ」


 急に中から声がして、思わず大声が出た。書斎には誰もいないはずで、驚きに心臓が大きく飛び跳ねる。


「いかがなさいましたかっ」


 ナイシェルトの声に警備のものが飛んできて、素早く室内を確認した。しかしそこにいるのがここへの転移を許されている相手だと知ると、すっと興味をなくす。


「失礼致しました」


 何事もなかったように持ち場に戻っていく彼らを見ながら、ナイシェルトは大きなため息をついた。


「アーネスト、来るなら来ると言っておいてくれ。驚くだろう」


 視線の先にいるアーネストは、ナイシェルトの席に我が物顔で座り、机の上に置いてあった資料を眺めている。まるで自身の書斎であるかのような自然な振る舞いだ。


「わざわざ予約なんてしなくとも、王子殿下は暇なんじゃないのかい? この資料を眺めて、今度は一体どんな迷惑を僕にかける気なのかな?」


 そう面倒くさそうに言ったアーネストがヒラヒラと示すのは、昨日出しっぱなしにしていたサバスティ家の資料だ。確かにナイシェルトはそれを再確認しにきたわけだが、迷惑をかけられる前提で話をされると反省中の身には堪える。


「……アーネストこそ、なんでここにいるんだ。その資料を見たかったのか?」

「まさか。目新しい情報もないこの資料に、なんの価値があると?」


 そう言ってぽいと机に資料を投げたアーネストは、わざとらしくため息をついた。


「いらないことだけは行動が早い殿下のことだ。先ほども言った通り、また傍迷惑な計画を始めていないか念の為確認しにきただけさ」

「父上に余計なことはするなと止められたし、これでも反省しているんだ。勝手な事は何もしていない」


 ぼそぼそと返した言葉に、アーネストは尚も不審の目を向ける。


「陛下のご配慮はさすがだが、あれだけ結婚しろと騒いでいた殿下の言葉とは思えないね。最悪、結婚式の日取りでも考え始めたんじゃないかと危惧していたんだけど」

「そんなわけないだろう。前にも言った通り、私は結婚して欲しかったわけではなく、君が心を許せる相手を側において欲しかったんだ」

「ふぅん?」


 少し首を傾げて赤の双眸を瞬かせたアーネストは、すっと椅子から立ち上がった。そしてナイシェルトに近づくと、しげしげとその顔を眺め始める。


「な、なんだというんだ」

「いや、僕を理解する女性が現れたとか言って、王妃陛下と先走っている可能性もあると思ったからね。意外だった」

「そ、そんなことは……」


 思わずアーネストから視線を逸らしたナイシェルトは、昨日父に釘を刺されるまで母と呑気に喜んだことを思い出して冷や汗をかいた。その様子に事実を察したのだろう、アーネストが呆れたようにため息をつく。


「そんなことは? なんだって?」

「と、とにかくっ、今は君の気持ちが一番大切だと理解している。だから、自棄になってあの女性を妻に迎えるのはやめてくれ。人質のように屋敷に囲わずとも、もう君に無理強いしないと誓うから」

「ほう? もう僕に結婚も縁談も強要せず加えて僕の許可なく一切なんの関与もしないと?」

「なんか条件が厳しくなっていないか?」

「僕は別に、このまま結婚しても構わない」


 ふいっと視線を逸らしてここから去るそぶりを見せたアーネスト。その腕を、ナイシェルトは慌てて掴んだ。


「わ、わかった! 誓うから!」

「もしその誓いが破られたら、僕は殿下の日記帳を新聞社に送りつけるけど?」

「ぐっ、う。それでいい。でも君も、ちゃんと寄り添える相手を探すことを約束してくれ」

「ああ、別にいいよ」


 あっさりと頷いたアーネストに、ナイシェルトは引っ掛かりを覚えた。


「やけに素直だな。そもそも、昨日のあの茶番はなんだ。2人してあんなことを言って、私があっさり真に受けていたらどうする気だったんだ」

「その時はその時さ。殿下の暴走なんて、今に始まったことではないだろう?」

「うっ。ま、まぁそれは置いておくとして、彼女はいつ引き取りに行けばいい?」


 ちょっと後ろめたいので話題を元に戻すと、アーネストはわざとらしく首を傾げて見せた。


「おやおや。誰が引き取って欲しいなんて頼んだかな?」

「な、なんだって?」


 思わぬ言葉が返ってきて、ナイシェルトの顔が引き攣る。


「君はさっき、ちゃんと寄り添える相手を探すと約束したはずだろう。彼女を屋敷に留め置いてどうしようと言うんだ」

「はぁ、まったく。殿下は何か勘違いされているようだ」


 やれやれと大袈裟に嘆いてみせるアーネスト。その様子に、まさかまた何か騙されたかと嫌な予感に襲われた。いつになく楽しそうに自分を映した赤の双眸には、不安しか感じない。


 その不安を煽るように、アーネストはもったいぶった口調で言葉を続けた。


「茶番だなんて、あの必死の訴えと涙に対して、なんて酷い言い草だろうね。僕は彼女に何も強要していないよ? あの時のあのセリフは、彼女自らが発したもの。なんの裏もありはしないんだ」

「え?」


 戸惑うこちらを気にも留めないアーネストの赤の瞳は愉快そうにきらめき、どこが誇らしげにすら見える。


「信じられるかい、殿下。彼女はね、どうやら僕のことが好きで好きで仕方がないらしい」

「……え、は? はぁぁあああ!?」


 好きで好きで仕方がない? 

 あまりに予想外のセリフに思考が追いつかない。

 呆気に取られて見つめる先、アーネストの美しい顔には、滅多に浮かばない満足げな笑みが浮かんでいた。

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