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19:初ロマンス

 血濡れの魔公爵として名を馳せる前。アーネスト様は、炎の大魔術師の子孫として生まれながら、火系統の魔術適性がなかったことで有名だった。


 火以外の7系統の適性を持つ天才といえる生まれであるのに、火の適性を持たないだけであれこれ言われるなんて大変だと、歳の近い彼に同情めいた感想をもった記憶が微かに残っている。

 であればこそ、火系統の魔爵家から妻を娶りたいとは思わないのだろうか。


「その、アーネスト様の妻として、火系統の優秀な魔術師を望まれないのですか?」


 思い切ってマリアさんに聞いてみると、少し困った顔をされた。


「アーネスト様がどうお考えかは分かりかねます。ですが私どもからすれば、アーネスト様を誤解することなく寄り添ってくださる方を選んでいただきたいと望んでしまうのです。それに此度の件から、アーネスト様ご自身もお相手の魔術師としての能力については、さほど重要視されていないものと推察しております」

「私が妻になる可能性を、アーネスト様は本気で口にされているのでしょうか」

「少なくとも、セリーナ様を気にかけていらっしゃいます。今日もわざわざ食堂におりていらしたのは、セリーナ様がいらっしゃるからです。普段であれば飲み物だけ運ばせて部屋に篭られておいでですから、厨房の者も実は慌てておりました」

「そう、なのですか」


 私のために姿を見せて一緒に食事をとってくれたのだと知って、ふわりと喜びが胸を満たす。思わず顔が綻んだ。

 けれどそれで調子づけるほど、楽観的にもなれない。


 私がアーネスト様をどんどん好きになる理由はあるけれど、アーネスト様が私を好きになる理由は特段ない気がする。祝賀会で言ったような都合のいい妻にはなれるけれど、本当に彼がそれを望んでいるのかは分からない。


 マリアさんは私に頑張って欲しそうだから、何か見込みはあるのかもしれない。

 でも捻くれた見方をすると、私はアーネスト様を思う人たちにとって都合のいい存在なのだ。アーネスト様が気に入ればこのまま妻にしても良いし、さんざん気を持たせた後にポイと捨てても大して問題にならない。


 そんな吹けば飛ぶような私だけれど、アーネスト様が残してくれた王子殿下の紹介という逃げ道がある。こうして呑気に悩む余裕があるのもアーネスト様のおかげで、本当に頭が上がらない。

 だからこそ、アーネスト様のそばにいられる可能性があるのなら、そのために頑張ってみたいと思ってしまうのだ。


「あの、魔術とはどうやって身につけるのでしょう。本を見て学べますか?」


 とにかく魔術命の魔爵家の妻を目指すのであれば、魔術を使えるに越したことはないようだ。まずは本で学べればと思ったけれど、マリアさんは私の言葉に首を振った。


「アーネスト様の許可がおりましたら、私が簡単なものでしたらお教えできます」

「マリアも魔術を使えるのですか?」

「ええ。ここに代々仕える使用人は、元々は魔爵家の流れなのです。魔術指導の補佐ができるよう魔術を学びますし、私には火の適性もございます」

「そうなのですか……」


 魔爵家では使用人でさえ魔術を使えるとは。地爵家の魔術への関心の薄さに、マリアさんが驚いたのも無理はない。

 でもマリアさんが教えると言ってくれたのは素直にありがたい。


「では教えてもらっても良いか、アーネスト様に伺ってみます。そもそも妻になれる見込みがなければ、無駄な努力に付き合わせてしまうことになりますし。それも含めて一度、アーネスト様とお話しできればと思っているのです」

「かしこまりました」


 マリアさんが優しく笑って、そして話に区切りがついたためか、ずっと手に持っていたものを私の前のテーブルに置いた。

 何かと思って見てみると、ここ数日の新聞だった。貴族向けの新聞は7社程あるが、どうやら全社揃えている様子で、ちらりと見えた一面はアーネスト様の名前が掲載されている。


 ハッとした。

 アーネスト様は貴族のなかでも一際注目度が高く、新聞に掲載される頻度は高いだろう。マリアさんも以前ちらりと口にした通り、祝賀会の出来事も当然記事にされてしまったはずだ。


 恐る恐る見てみると、祝賀会の翌日に出たものはまだ例の件は掲載されていないが、その翌日には一面に記事が出ているものもあった。

 娯楽色が強めの新聞社のものではわざわざ臨時刊行して「あの魔公爵に初ロマンス!」や「恐怖の祝賀会、身も凍る魔公爵の裁き!」みたいな記事に仕上げられてしまっている。


「こ、これ、大丈夫なのですか……?」


 思わずそう聞いてしまったが、マリアさんは特段問題なさそうにしている。


「アーネスト様はどのような記事が出てもさほどお気になさいません。ですが念のため、当家に関わる情報が掲載された記事は保管するようにしております。普段はエーゼルが時間のある時に行っていますが、ここ最近の記事ではセリーナ様に関わるものもございますし、昨日仰っていたお仕事としていかがかと」


 なるほど、仕事を欲しがっていた私にとりあえず出来ることを持ってきてくれたらしい。子供のお手伝いのようで役に立てるのかは大変疑問なところだけれど、世間ではどのように見られているのか気になるので、私としてはとてもありがたい。


「こちらは、ここ最近の記事をエーゼルがまとめているものです。日付順に並べてありますので、参考にご覧ください。アーネスト様の仕事ぶりを感じていただく手助けにもなるかと存じます」


 マリアさんが少し得意げなのは、龍伐あたりでアーネスト様称賛の記事が多く出ているからかもしれない。それは私も読みたい。


「ありがとうございます。早速始めさせていただきます」

「はい、よろしくお願い致します。あとセリーナ様の記事もございましたら、同様に保管をお願いします」

「え? あ、分かりました」


 一瞬私が記事になるなんてと不思議に思ったが、アーネスト様関連で世間から興味を持たれていても不思議ではない。一応関わりのあった者として保管したいのだろう。どんな記事になっているのか少し怖くなる。


 飲み物をお持ちしますね、と言って退出したマリアさんを見送って、恐る恐る昨日の新聞を手に取ったのだった。








 この国の新聞は各社多少の違いはあれど、はじめに目玉記事、ついで国内外の経済・社会的ニュース、事件事故などがきて、終わりの方に読者の興味を引くような流行りものの特集だったり噂話だったりを載せた構成が多い。その比重は各社異なり、こうして並べてみると同じ出来事でも扱いや内容が異なる。


 あの祝賀会一つとっても、お堅めの新聞社の記事では「祝賀会で主催側の不興をかった伯爵家がその場で断罪を受けた」とサラッと流しているのに対し、娯楽色の強い新聞社では特集記事が組まれていたりする。アーネスト様のあの派手な振舞いが読者受けするのは想像に難くない。


 このお屋敷が静かで記者に囲まれている感じがしないのは、魔公爵の怒りを買うことを恐れてなのだろうか。各社バックに出資者の貴族がついているはずなので、本当に問題になる記事や取材はしないはず。

 落ち目のサバスティ伯爵家の方は、格好の餌食になっているだろうけれど。


 記事を流し見しながら保存すべき記事のある紙面をより分ける。

 娯楽色の強い新聞紙は隔日や週間での刊行だが、わざわざ臨時刊行している記事にはお相手の素性! としてサバスティ伯爵家の4年前の悲劇についても触れていた。今後も何かしら掲載はされるかもしれない。アーネスト様のご迷惑になるようなことでなければ良いけれどと、少し気が重くなる。


 とりあえず最近の記事を選別し終え、参考として出してもらった過去のアーネスト様掲載記事を読み始めた。こちらはアーネスト様の活躍を讃える記事で純粋に読んでいて楽しい。それらを読むうちにいつのまにか時間は過ぎて、気が付けば昼食の時間になっていたのだった。


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