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16:衝撃の2択

 フリエさんが出してくれた3時のスイーツを食べながら、私はまだ半ば呆然としていた。

 アーネスト様に提示された衝撃の2択。あれは本気なのだろうか。どちらを選んでも私にとっては都合が良すぎるし、もしかしたら夢だったのかもしれない。


 そう思いながら無意識に紅茶を口に含むと結構熱くて、ぼんやりしていた意識が戻ってきた。そういえばついさっき、フリエさんが2杯目を注いでくれたばかりだったのを忘れていた。ちょっと火傷したかもしれない。


 もう少し冷めてから続きを飲もうと一旦カップを置いて、静かに控えてくれているフリエさんを見た。フリエさんはエーゼルさんの娘で、私より少し年上に見える。渋くて物静かなエーゼルさんとは反対に、明るい感じの雰囲気を纏った美人さんだ。


「フリエさ……、フリエ。これ以上食べると夕食が入らなくなりそうなので、残りはみんなで分けてください。それにしても、たくさん作ってくれたのですね」


 私1人が座るテーブルに、小さなカップケーキが所狭しと並んでいる。フルーツを練り込んだものや野菜を使ったものなど種類も様々で色どりもかわいい。クリームやジャムも添えてあって、3つほどいただいたが、ほど良い甘味でとても美味しかった。


「ふふ。旦那様はほとんど甘いものは召し上がらないので、厨房の者たちが久しぶりに腕を振るえて喜んでおりました。少しやる気が漲りすぎたようで、この数になってしまったそうです」

「小さく作ってくれたので違う味も楽しめましたし、とても美味しかったです。お礼を伝えておいてください」

「かしこまりました」


 これだけあれば使用人の皆さんも楽しめるだろう。ティータイムでこうして多めに出された甘味は、残りを近くに仕える者で分けて楽しむものだ。フリエさんがちょっと嬉しそうなのは、甘いものが好きだからなのかもしれない。

 4年ほど叔父一家にこき使われていたので感覚が使用人寄りになっていたが、両親が生きていた頃はこうして穏やかな午後を楽しむのは当たり前のことだった。


 伯爵領に残った馴染みの使用人たちは、元気なのだろうか。叔父一家は爵位を継いですぐ私を連れて領地を離れ、王都のタウンハウスに入り浸っていた。

 領地の仕事も残った使用人に押し付けて放置していたが、今思うと変に荒らされるよりは要領のわかる者達だけで管理できて良かったのかもしれない。

 父が万一の際に後継の兄が困らないようにと整えた体制が、こんな形で叔父を助けるとは思わなかった。おそらく表向き問題なく領地経営がなされているからこそ、叔父一家も大きな顔をしていられるのだろう。領民への影響が最小限に抑えられているのであれば、良かったとも思える。

 連絡手段を断たれていたので実情は分からないが、皆元気でありますようにと心の中で願った。


「用事があれば呼びますので、フリエも食べてきてください。とても美味しいので」

「お気遣いありがとうございます。では一旦下がらせていただきますが、何かあれば遠慮なくお呼びくださいね」

「はい」


 火傷を負わされて以来、タウンハウスの使用人とは深い溝ができた。あの時私の掃除を手伝おうとしてくれた者はすぐに解雇されてしまったと聞くし、後から採用された使用人の中には、叔母に古参の使用人の行動を報告する者もいて、私に手を差し伸べる事は使用人にとって破滅を意味した。私も使用人も関わるとお互いを不幸にする関係で、ただひたすらに耐えるだけの日々だった。


 ほんの数日前まで、そんな終わりの見えない闇の中にいた。

 それが今、とても柔らかくて優しい光に包まれている。


 アーネスト様はどういうつもりで、私にアーネスト様の妻になる選択肢をくれたのだろう。それが私にとってどんなに魅力的で輝かしいものに見えるのか、理解しているのだろうか。本当に、手を伸ばしても許されるのだろうか。

 少し冷めてきた紅茶を再び口へ運ぶ。


 貴族の当主は純粋な貴族の血を持つ者しか継げないし、正妻も同様。前伯爵夫妻の実子である私は、血筋面では一応基準はクリアしている。知識面でも記憶が薄れつつあるとはいえ、伯爵家の娘としての教育は受けてきた。

 魔爵家は異なる部分があるかもしれないが、領地経営を責務とする普通の貴族(魔爵家との対比で地爵家とも呼ばれる)に生まれた者は、成人して社交界にデビューするまでは家庭教師などに一般常識や礼儀作法、女であれば屋敷の管理方法や夫の補佐ができる程度の領地経営知識など将来必要な知識を学ぶ。そしてデビュー後は学んだ知識を基に社交界で実践経験を積み、領地内外で人脈を作り、良い縁や情報を引き寄せて家へと還元するのだ。


 普通、私くらいの歳になれば社交経験も積みそれなりに人脈も築けているはずだけれど、内輪の会でアニエラの引き立て役としてそばに置かれるだけだった私には、社交の経験がないに等しい。人脈も皆無だし、そもそも魔爵位を持つ家との関わりもまるでなかった。そこは大きなマイナス点だろう。

 けれど、魔爵家の人々はあまり社交に熱心でないとも聞く。土地があればそこで生産するものの販売や他領からの仕入れ、領を跨ぐ街道の整備、盗賊や災害の対策などで他家との連携や関係構築は必須となるが、魔爵家ではどうなのだろうか。


「聞いてみた方がいいかしら……」


 色々考えるけれど、領地繁栄が主目的の地爵家と、魔術命の魔爵家の常識は違う可能性もある。求められるものが違ってもおかしくないし、考えるよりきちんと確認したほうがいい気がした。

 そうでなければ、誤った判断でアーネスト様に迷惑をかけてしまうかもしれない。それだけは絶対に避けたかった。








「今日は遅いのね」


 アーネスト様が帰宅時間を過ぎてもエントランスに現れないので、猫部屋でその帰りを待っていた。


「みゃー」


 そうだね、とでもいうように返事をしてくれた黒猫の頭を撫でる。この子はノワという名前で、一番長くこの屋敷にいるらしい。青紫のその目は私と似ていて、親近感が湧く。


 ここにいる猫達はあまり積極的に構わないアーネスト様にとても懐いているが、そもそも野外で弱っていたのをアーネスト様が拾ってきた子達だそうだ。猫なりに恩義を感じているのかもしれない。

 絶望していたところを拾われた私には、この子達の気持ちがわかる気がした。苦しい境遇から拾い上げてくれて、お腹を満たし温かい寝床をくれるなんて、そんな神様みたいな人を崇拝せずにはいられない。


 そんな拾われ仲間の猫達と、フリエさんに教えてもらった猫じゃらしなるもので一緒に遊んで時間を潰していたが、不意に数匹の猫たちがパッと部屋の外に視線を向けた。

 けれど全員でお迎えに行くわけでもなく、ノワのみがゆっくりと部屋の外へ出ていく。


「どうしたの?」


 とりあえずついて行ってみると、いつもアーネスト様が現れるあたりの床におすわりしていた。近づくとそこには一枚のカードが落ちていて、拾い上げて眺めてみる。


『国王陛下に捕まったので遅くなる。僕の妻にきちんと食事をとらせるように』


 流麗な文字で綴られたそれは、使用人へ向けての指示カードだった。

 今日王子殿下が帰られてまもなく、呆然とする私を残してアーネスト様も再度出かけてしまった。私の立場は不明確なままだが、ここの使用人の皆さんは私にとても親切にしてくれるし、アーネスト様はこうして「妻」のように丁重に扱えと意思表示をしてくれる。


 その優しさと気遣いに、どうしようもなく嬉しくなる。じーんと感動してそのカードを見つめていると、セリーナ様? と声をかけられた。


「エーゼルさん」

「エーゼルとお呼びください。如何なさいましたか?」


 またうっかりさん付けで呼んで訂正されてしまった。ホールに突っ立ったままの私を不思議に思っている様子のエーゼルさんに、拾ったカードを手渡す。


「アーネスト様から、こちらのカードが」

「拝見します」


 受け取ったカードを読んで、エーゼルさんの表情が微かに柔らかくなった。


「旦那様はおそらく陛下方とお食事を共になさるのでしょう。そのままお泊まりになることもございます」

「そうなのですね」


 アーネスト様は王家の方々とかなり密な付き合いをされているようだ。


「ではご指示通り、セリーナ様にはしっかりとお食事をとっていただかなくてはなりませんね。すぐに用意を整えてまいりますので、今少しお部屋でお待ちください」

「ありがとうございます」


 柔らかな笑顔を残して去って行くエーゼルさんを見送って、ノワをひと撫でした後自室へと戻る。

 猫達はとても可愛いけれど、服にたくさん毛がついてしまうのは難点だ。呼ばれるまでの間にと、ちまちま服についた毛を取りながらそっと幸せのため息をこぼす。


 アーネスト様には動揺して思い詰めていると言われてしまったが、時が経つほどにここから離れがたくなってしまう。私が妻になることでアーネスト様にご迷惑をかけるくらいなら、ここを去る覚悟はある。けれど許されることなら、ここにいるために頑張りたい。


 アーネスト様の本当の妻になる選択肢に手を伸ばしたいと、私はそう思ってしまったのだ。





*ブクマ、評価、いいね ありがとうございます

 いつも力をいただいております


*感想ありがとうございました

 2人をかわいいと感じてもらえて、とても嬉しいです

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