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15:捻くれた性格

「おいアーネスト、君はとうとう精神操作系の魔術の実験に手を出したんじゃないだろうな!?」

「失礼な。殿下は僕をどんな非人道的な魔術師だと思っているんだい? こんなに国に貢献しているのに、なんて報われないんだろう」

「だ、だがっ。件の祝賀会からまだほとんど日も経っていないんだぞ!? あの悪逆非道な魔術師パフォーマンスから、どうやってこんなに好感度を上げたと言うんだ。少なくとも君が連れ去るまでは怯え切っていただろう!」

「おやおや。この僕の美貌と才能に女性が魅力を感じないとでも?」

「それを遥かに上回る態度の悪さで避けられまくっているくせに、よくそんな事が言えるな!」


 そう叫ぶと、王子殿下は急に疲れを感じたかのようにぐったりとソファに沈み込んだ。


「いや、本当であればこれほど喜ばしい事はないんだ。本当であれば。本当に精神操作系の魔術を試しているわけではないんだな? もしくは幻影で使用人に台本を話させているとか……」

「殿下の僕に対する評価には嬉し過ぎて涙が出そうだよ」

「つい先日人をカエルに変えて高笑いしていた奴の、一体何を信じろと言うんだ……」


 そう言いつつも、殿下はなんとか自分を納得させようとしているようだった。


「いや、確かに恵まれない境遇から救ったのは事実か。先ほどもえらく普通にアーネストの隣に座るものだと思いはしたんだ。優しく親切だなんて驚きの言葉を口にしてもいたな。そうか……だが、働かせてくれと言っていなかったか?」

「殿下が他の縁談を強要した後だからね。使用人に身を落としてまで僕の元に留まろうとするなんて、なんて健気なんだろう」

「別に強要したわけではないぞっ。だが、こんな事態は想定外だ。頭が混乱してきた。私は素直に祝福していいのか? 何か騙されていないか?」


 懸命に悩む殿下を見ながら、普段の2人の関係性をなんとなく察する。お節介焼きの殿下とそれを口先で躱わし惑わすアーネスト様。きっとそんな図式なのだろう。


「そうだ、君は本当にこの捻くれた性格の男が好きなのか? 確かに根はいい奴ではあるが、口を開けば嫌味か皮肉だぞ? そういえば誘拐された被害者が加害者に好意を抱く例もあると聞いた事がある。まさかそれか? ならば強引にでも一度距離を取らせるべきか?」


 なんだか雲行きが怪しくなってきたので慌てて口を挟もうとして、何を言えばいいのかと困惑する。アーネスト様のことを、す、好きだと言えばいいのだろうか。嘘もなくそれを言えてしまいそうな自分に狼狽える。どうしよう。アーネスト様はどうするつもりなんだろう。


 思わずアーネスト様を見上げると、まるでダメな子を見るかのような視線で殿下を観察していた。けれど次の瞬間には綺麗にその表情は消えて、代わりに憂いを帯びた悲しげな表情が浮かぶ。


「僕にようやく訪れた春を、欠片も信用せずに壊そうとするなんてね……。殿下だけは僕の事を分かってくれていると、そう信じていたというのに」

「なっ。違う! 何も壊そうなどとは思っていないっ」

「つい先程強引にでも距離を取らせるなんて口にしていたのに? こんな風に裏切られることになるなんて、本当に思いもしなかったよ」

「わ、わかった、先程の発言は間違いだったっ。撤回する! だが完全に信用したわけでもないからなっ。そのふざけた態度、絶対に何か裏があるだろう! とにかくこの件は一旦保留だ、持ち帰らせてもらうっ」


 そう言うと、殿下は慌てたように立ち上がって足早に部屋の外へと向かう。見送るべきかと思ったが、アーネスト様の腕が体にまわったままなので立ち上がれず、ろくに挨拶もできぬまま殿下はバタンと扉を閉めて部屋の外へ消えてしまった。


「はー。やっと帰ったか」


 部屋の外で護衛の人たちを呼ぶ声を呆然と聞いていると、アーネスト様がウンザリしたような声を出した。するりと私を捕まえていた腕が離れていく。


「あ、あの……」

「これでしばらくは来ないだろう。君ももう少し身の振り方をよく考えるんだね。今はまだ動揺してここしか居場所はないと思い詰めてしまっているのかもしれないが、殿下の縁談だって安定した先を見つけてくるはずだ。一時の感情で拒むべきじゃない」


 そう言われて、助け出されたここに執着している自分の心を見透かされたことに気がつき、恥ずかしさが込み上げてきた。アーネスト様があんなふうに殿下を煙に巻いて、何の結論も出させなかったのは、私の心の準備がまるでできていないのを分かってくれていたからだった。


 殿下は捻くれた性格だなんて仰っていたけれど、こうして度々与えられる優しさには、やはり素敵な人だと言う感想しか抱けない。


「ありがとう、ございます。でも、ここに置いていただきたいのは本心です。アーネスト様も使用人の皆様もとても優しくて……。下働きで構いませんから、どうか、考えていただけませんか」


 そうお願いすると、何故かアーネスト様は皮肉っぽく口元を歪めた。


「おやおや。僕の妻を辞めて下働きをしたいだなんて。僕の妻の座はよっぽど座り心地が悪いらしい」


 驚きに目が丸くなる。座り心地が悪い? むしろ真逆だ。


「違いますっ。アーネスト様のように素敵な方の妻になれる人は、どんなにか幸せだろうと羨ましく思います」

「僕が素敵、ねぇ。さっき殿下が言っていたように、何か変な術にでもかけてしまったのかと心配になるよ」

「なぜですか? 私はアーネスト様にたくさん親切にしていただきました。先程も、私のために猶予を作ってくださったばかりです。きっとアーネスト様の優しさに気がつけば、たくさんのご令嬢がその妻の座を望まれるに違いありません!」


 そう。美しくて教養もあり血筋も家柄も性格もよい素敵な女性が、きっとアーネスト様を好きになる。何も持たない私では、到底勝ち目なんてない。

 もやもやと胸が重苦しくなって、思わず俯く。そして不安になる。


 これは嫉妬というものではないだろうか。まだ見ぬアーネスト様の妻に対する仄暗い気持ち。こんな気持ちを抱いてしまうなんて、下働きすら私には適さないかもしれない。今ならまだ、この気持ちを消せるだろうか。

 そんな事を思っていると、ふっとアーネスト様が笑う気配がした。


「随分と買い被ってくれているようだけど、僕の妻の座は超絶不人気のようでね。皆全力で逃げ回っているよ。だが使用人については代々仕える家系もあるし、待遇に惹かれて集まるものもいて困ってはいないんだ」


 その言葉に恐る恐る視線を上げると、思ったよりも近くにガーネットの輝きがあって、息を呑んだ。

 そして愉快そうな笑みを浮かべたアーネスト様は、全く想像もしていない言葉を、私に向けたのだった。


「だから選ぶといい、セリーナ。僕の妻になるか、殿下の世話になるか。まぁ殿下もありもしない僕と君との過去の繋がりなんかを調査し始めて、再びここに乗り込んでくるまでは少し時間もかかるだろう。次にちょっかいを出しに来るまでには、心を決めておくんだね」


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