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14:新しい縁談

 王子殿下が通された応接間にアーネスト様と共に訪れると、殿下は驚いたように立ち上がった。


「なっ、アーネスト!? 今は研究所にいる時間じゃないのか?」

「ご機嫌麗しゅう、王子殿下。僕が僕の屋敷にいるのがそんなに驚きかい? 勝手に僕の屋敷に侵入しようとしている輩がいると聞いて、急いで帰ってきただけなんだけどね」

「いや……予想外だったが、まぁいい。どうせ私の用件も分かっているのだろう」


 そう言うと、殿下は脱力するようにソファへ身を沈めた。その近くには護衛の魔術師だろうか、2人ほど気配を殺して控えている。

 そちらをチラリと見ると、アーネスト様はぞんざいに顎をしゃくって退室を促した。


「話す時間をあげてもいいけど、部外者には消えてもらおうか。目障りで仕方がない」

「アーネストっ! まったく。お前たち、少し外していてくれ。きっと美味い茶菓子でも出してもらえるだろう」

「は。かしこまりました」


 アーネスト様の言葉に一瞬ヒヤリとしたが、護衛の方も慣れた風に退出していく。こういった訪問もやりとりも、よくあることなのかもしれない。


「さて」


 護衛が退出すると、アーネスト様は殿下の向かいのソファに腰掛けた。すかさず殿下も口を開く。


「セリーナと言ったか、君も掛けるといい」

「は、はい。失礼致します」


 緊張しながら、アーネスト様の隣に腰掛ける。その私を、殿下は少し不思議そうな顔で見つめていた。


 金色の長い髪を後ろで一つにくくり空色の目をした殿下は、色合いこそアーネスト様とは真反対だが、美しい顔立ちには血のつながりを感じさせられる。なんとなく殿下と見つめあっていると、アーネスト様がつまらなそうに口を開いた。


「で、ご用件は?」

「っ、ご用件も何も、君が起こした騒動の後始末をしにきたに決まってるだろう! というか君が好き勝手してさっさと帰宅したせいで、あの後私がどれほど大変だったか分かるか!?」

「興味ないね。殿下のお言葉通り妻を娶ってあげたのに、何故責められなくてはならないんだい? 全く理不尽にも程がある」

「確かに、私が君にややしつこかった事は認めるが、だからと言って見ず知らずの女性を巻き込む事はないだろう! まぁ、とはいえ今回の件は、君の考えも分からないではない」


 そう言うと、殿下が再び私に視線を戻した。


「アーネストが迷惑をかけてすまなかったね。あの後周りに事情を聞いて、あの日の出来事の真相は把握しているつもりだ。そして君が引き取られた後にあまりよい待遇を受けていなかったことも、あの場で絶縁を宣言されたことも考慮すると、君をサバスティ伯爵家に戻すわけにもいかないだろう」

「……はい」


 あの家に戻るだなんて、考えたくもない。抗う気力を削がれ、洗脳のように従うしかないと思い込まされていた日々。こうして離してもらえたからこそ、その異常さがよくわかる。


「だから巻き込んだ詫びに、私の紹介で新しい縁談でも整えよう。私が間に入ればそう悪い扱いをされることもないだろうし、選定も信用できるものに任せるつもりだ。決まるまでの面倒もこちらで見る」


 そう言われて、体がこわばった。アーネスト様が予想していた通り、殿下は私に縁談を用意してくれるつもりらしい。


 確かに殿下のお力があれば、貴族の嫡男は無理としても、家を継がない貴族の子息や裕福な商人などと縁を結んでもらえるかもしれない。もし叔父一家と暮らしていた時にその提案をされていたら、私は涙を流して感謝の言葉を伝えただろう。

 でも今は、素直に喜べない。


「アーネストもこう見えて、そう悪い奴でもないんだ。君からしたら突然あんな風に攫われて恐ろしかったとは思うが、その境遇から救ってやろうという優しさもあってのことだ。だからあまり、怖がらないでやってくれ」


 殿下の言葉は、私がアーネスト様を怖がっていることを前提にされている。確かに背中の傷跡の件がなければ、私もその優しさに気がつくのが遅れたかもしれない。祝賀会の際なんて、恐怖と絶望しか感じられなかったのだから。でも、今は……。


「確かに初めは誤解しておりましたが、今はアーネスト様がとても優しく親切な方だと存じております。そして抜け出しようのない境遇から救っていただいたことに、心から感謝しております」

「……ん? やさしくしんせつ?」

「なのでもし、もし許していただけるのであれば、私をここで働かせていただけないでしょうか」


 殿下が訝しげな声をあげるが、私は必死に勇気を振り絞って言葉を紡いだ。もし今声を上げなければ、このお屋敷から離されてしまう。それを想像するだけで、涙が滲んでくる。


「わ、私のようなものでは、使用人としても不足しかないとは、わかっております。でも、でも、」


 一昨日、明るい目標を立てたばかりだった。いつかは覚める夢とは分かっていても、こんなに早く消えてしまうとは思っていなかった。

 まだ棒切れのような身体で、マリアさんから仕事ももらえず、アーネスト様のお役にも立てていない。


 4年ぶりに心の中に描けた小さな希望。それを奪われるのが、壊されるのが、今はただただ怖い。


「が、頑張って仕事を覚えます。精一杯働きます。お給金もいりません。なので、私をまだ、まだ、ここにっ……っ」


 しゃくり上げそうになって、歯を食いしばる。

 ちゃんと希望を伝えなければと思うのに。その先に拒絶があるかもしれないと思うと、言葉が出てこなくなってしまう。ここに残るなんて認められないと殿下に断られるかもしれない。君みたいな使用人なんていらないとアーネスト様に切り捨てられるかもしれない。ここから離れるのも拒絶されるのも、何もかもが恐ろしくて仕方がない。


 とうとう堪えきれなかった涙が、膝に落ちた。


「セリーナ」


 同時に、アーネスト様が私の名を呼んだ。そしてその手が私の体に回り、引き寄せられる。

 頭を抱き込むようにアーネスト様の側へ寄せられて、驚きと共に大きな安堵が心を包んだ。

 そして、不甲斐なさも。


「も、申しわけ……」


 話し合いの場で泣き出すなんて、無作法にも程がある。自分が情けなくて、さらに涙が込み上げた。

 そんな私を片腕に抱いたまま、アーネスト様は呆れたようにわざとらしいため息をついた。


「やれやれ。王子殿下はあれだけ僕に相手を見つけろ結婚しろと口喧しくしつこい程に詰め寄っていたくせに、いざ涙を見せるほど僕を恋慕う女性が現れたら、縁談を強要して排除しようとするなんてね。いつの間にそんな血も涙もない人間へと落ちぶれていたのかな?」

「……は?」

「ほら。非道な殿下に怯え切って、もう言葉も出ないようじゃないか。なんて可哀想なんだろう」

「いやいやいやいや、嘘だろう!?」


 驚愕に声を荒げる王子殿下に、思わずびくっと身体が震える。


 けれど私の頭も大いに混乱していた。アーネスト様は一体何をするつもりなんだろう。なんだか思わぬ方向に話を持っていかれそうだと心配になる。けれど同時に、こうして間に入ってくれたアーネスト様が、私をここから追い出すとも思えなかった。


 このままここにいられるのなら、理由はなんだって構わない。あやすように頭を撫でてくれる手が心地よくて、もうどうにでもなれと流れに身を任せたのだった。


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