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13:最良の結末

「確かに呼んだのは僕だが、なぜ君は子犬のように全力で屋敷内を駆けてくる? 転けて骨折でもしたいのかい? そもそも僕は大人しくしているよう伝えたはずだが?」

「申し訳ありません、思わず……」


 案の定一番乗りして叱られている私だったが、実はひっそりと名前を呼んでもらえたことに嬉しさを感じていた。流石にそれを表情に出すと怒られそうだったので、表面上は殊勝な態度で言葉を受ける。


 そんな私の横に、いつのまにか静かに現れたエーゼルさんとマリアさんが並んだ。

 そのため小言はそれ以上続かず、アーネスト様は大きなため息を吐くと、面倒くさそうに私たちに告げた。


「もう数日調査や検討に費やすかと思っていたが……思ったよりも行動が早くてね。今日あたり殿下がこちらへ来るようだ。その心づもりでいるように。ああ、来訪の目的は君だよ。僕には特段知らせる気もないらしい」


 赤の双眸がまっすぐに私を見て、少しだけ浮かれていた気分が一瞬で吹き飛び、すぅっと血の気が引いた。


 目的は私? なぜ? 一体何を聞かれるのだろう。もしかして、お前がファンセル魔公爵家の妻になるなんて分不相応すぎるとお叱りを受けて、ここから追い出されてしまうのだろうか。いや、追い出されるだけならまだしも、最悪アーネスト様を誑かしたなんて言われて罰せられる可能性だってある。

 先程、王子殿下はアーネスト様を心配しているという情報を聞いたばかりだ。心配している相手に訳のわからない女が近づいたとなれば、排除しようとするに違いなかった。

 どうしよう。怖い。


 涙目になって震えていると、アーネスト様がなんとも言い難い表情で私に声をかけた。


「何をそんなに怯えている? 文字通り王子様が助けに来てくれるんだ。むしろ喜ぶべきだろう」

「た、助ける?」


 意味がわからなくてアーネスト様を見つめると、赤の瞳が微かに揺れた。

 しかしそれは一瞬のことで、アーネスト様は祝賀会で見せたような芝居がかった笑みを浮かべると、謎解きを披露するように大仰に言葉を紡ぐ。


「ああ。殿下が焼いたお節介のせいで、皆が恐れる血濡れの魔公爵たる僕にあんな形で連れ去られたんだ。被害者の君は、さぞや恐ろしい思いで泣き暮らしていることだろうね」

「……?」

「そんな風に巻き込んだことを申し訳なく思った殿下は、君を保護することを提案するはずだ。縁談なり仕事の斡旋なり世話をしてもらえるだろう。そして次の被害者を出さないためにも、僕には今までほど干渉してこなくなる。双方ともに最良の結末だ。我ながら素晴らしい計画だと思ったのだが、気に入らなかったかな?」


 そう言われて、やっとアーネスト様が祝賀会の場で私を妻として連れ去った理由に気がついた。当てこするように何度も殿下への不満を語っていた理由も。


 自分の縁談への過干渉を反省させ、ついでに不幸そうな私が被害者として保護を受けられるように、わざとあのように振る舞ったのだ。きっとアーネスト様の中では、私は殿下が来るまで部屋に引きこもって嘆いている予定だったのだろう。そして殿下がきたら、素直に引き渡して終わりだ。


 納得するとともに、まるで薄い氷の上に立っているかのような不安に包まれた。

 私はアーネスト様に相応しくない。先程マリアさんと話していた時も思ったはずだったのに、始めから妻にするつもりなんて欠片もなかったのだと分かると、ひどく胸が苦しい。


「殿下が来たら、驚いたふりをして応接間に通して僕を呼べ。早ければもう少しで到着する。君はこっちへ」


 マリアさん達に軽く指示を出した後、アーネストさまは私を促す。ショックで何も考えられないまま、言われた通りに近くの談話室に入った。パタリと扉が閉められて、部屋に2人きりになった。


「さて」


 突っ立ったままの私をよそに、アーネスト様は優雅にソファへ腰掛ける。


「座らないのかい?」


 そう問われても、なんだか足が動かない。呆然とした私に、アーネスト様は困ったように首を傾げる。


「なぜそんな顔をしている? 僕の当初の予定では、殿下の助けを君は喜ぶはずだったんだけど」


 確かにアーネスト様が噂通りに恐ろしい人であれば、私は助けを待ち望み、それが訪れることを喜んでいたと思う。でもそうではないと、むしろとても優しくて素敵な人だと知ってしまった。まだ出会って数日なのに、離れるのがすごく寂しくて辛いと感じるほどに。


 でも本当に妻になんてなれるはずもない。だからアーネスト様に感謝して殿下の保護を受けるべきだし、アーネスト様もきっとそれを望んでいる。ここを離れなくてはならない。

 泣きそうになるのを必死で堪える。泣いたらきっと、アーネスト様を困らせてしまう。


 本当は助けてもらった感謝の言葉を述べるべきなのかもしれない。でも今は、それを口にするのはとても辛くてできそうになかった。


「はぁ」


 ソファの方から、小さなため息が聞こえた。

 アーネスト様が立ち上がる気配がする。そして俯いたままの私に近づいて、その細くて長い指先がこちらに伸ばされた。顎を掬い上げられて、美しい赤の双眸と間近で目があう。


 ほんの一瞬。言葉を躊躇ったアーネスト様の口から、吐息混じりの言葉が漏れた。


「僕は君を、どうすべきだろうね」


 それは数日前にも聞いたセリフ。でもその時よりずっと困ったような表情や言い方が、なんだか無性に切なかった。


 扉の先で、来訪者の気配がした。 

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