移住
「ほら受け取れ」
相棒の副操縦士が固形食料を手渡してきた。
「これで最後か?」
「ああ」
固形食料を口に含み唾液でドロドロになるまで溶かしてから飲み込む。
ゴク
固形食料1個で、1日に必要とするカロリーに栄養と水分が摂取できる。
だが私たちはそれを少しでも長持ちさせるために、3日で1個摂取するのに留めていた。
3日ぶりの食事の余韻を楽しんでいたら、ダン! ダン! ダン! と操縦室の扉が通路側から乱暴に叩かれる。
遂に奴等が来た。
操縦室の扉の通路側の上部に設置されているカメラの映像をモニターに映す。
モニターには痩せ細り干からびた乗客と思われる男が、扉を乱打している姿が映っていた。
扉を乱打する音に気付いて、直ぐに同じように痩せ細り干からびた者たちの姿は増えることだろう。
最後の固形食料が無くなった今、この船に残っている痩せ細り干からびた奴等の腹を満たす食料は私と相棒だけ。
扉を破壊して操縦室に雪崩込み私たちで腹を満たそうとしている者たちのモニターに映る姿は、少しずつ数を増やしていく。
私はモニターを睨みながらこの状況に陥るまでの流れを思い起こしていた。
故郷の星の人口が200億を超えた頃から食料の増産が追いつかなくなる。
それにより地方政府の間で食料の配分を巡っての紛争が多発。
紛争が多発してるとはいえまだ地方政府各国の首脳は理性を保ち、全面戦争を回避していた。
だがその理性が何時まで持つか分からない切羽詰まった状況。
だから全面戦争に至る危険性を回避するため中央政府は、他の恒星の惑星に移住する計画を実行に移すことにする。
今まではそれに掛かる費用が足を引っ張り実行に移されなかったのだが、全面戦争を回避するためには仕方が無いという考えが後押しして計画が進められた。
移住可能と思われる惑星を持つ恒星が次々と見つけだされ、急ピッチで移民船が建造される。
建造される移民船だけでは必要数が揃わない為、此の船のように太陽系の惑星を巡っていた観光船も恒星間飛行に耐えられるように改造された。
そうして数百隻の移民船や改造された観光船が揃えられる。
数百隻の移民船に過酷な旅に耐えられるよう訓練された乗員乗客が乗り込み、沢山の同胞の期待を胸に、割り当てられた移住可能と思われる惑星がある恒星に向けて飛びたった。
各移民船は方面別に数十隻ずつの船団を組み、移住可能と思われる惑星を目指す。
最初は順風満帆だった。
だが故郷の星から最後の通信が発せられたあと多事多難になる。
最後の通信により分かった事は、たとえ移住に失敗しても帰る故郷は無いって事だ。
最後の通信は中央政府の移住計画責任大臣から我々移民団に向けての通信だった。
食料の配給量を巡り争っていた多数の地方政府による紛争が拡大、各地方政府首脳に連なる者たちの動員が始まっていて、全面核戦争に移行するのも時間の問題だと言う通信があった数分後、始まったという通信が続けて入電する。
責任大臣の周囲には彼に連なる者たちが多数いるらしく、神に祈る声や悲鳴と罵声それに恐怖から狂ったと思われる者の笑い声が聞こえていた。
最後の通信の途中、核弾頭の着弾により起こるキィーーンという甲高い音が通信機から鳴り響いて通信は途絶える。
故郷からの通信が途絶えた後も、私たちは他の船団と連絡を取り合いながら移住先に向け進み続けた。
故郷からの通信が途絶えて2〜3年過ぎた頃から、他の船団から悲痛な連絡が次々と入り始める。
ある船団からは大規模な流星群が船団に降り注いでいるとの通信が入り、そのあと連絡が取れなくなる。
別な船団からはブラックホールの重力圏に入ってしまい抜け出せない、ズルズルとブラックホールの方へ引きずられているとの通信のあと連絡が取れなくなった。
異星人の宇宙船から攻撃を受けていると悲痛な叫び声を発しただけで、通信が途絶えた船団もある。
どうせ死ぬのなら故郷で死にたいからとUターンしたという知らせが入る事もあった。
それでも連絡を寄越してくる船団はまだマシ、連絡が無いまま行方不明になる船団も多数ある。
他の船団だけでなくこの船が所属する船団でも事故が多発して離脱する船が次々と出た。
原子炉が爆発して木端微塵に砕け散った船。
酸素発生装置がいつの間にか故障して乗員が全員窒息死したらしい船。
隕石が移住区を貫き乗員乗客が全員宇宙空間に放り出された船。
暴動が発生して暴徒が操縦室に乱入して機器が壊されたらしく、明後日の方向へ暴走したまま行方不明になる船。
何の連絡も寄越さずに故郷へ向けて飛び去って行く船。
目的地の惑星に到着した船からも悲痛な通信が次々と入る。
原住民から攻撃を受けているとの通信を最後に、沈黙する移民船。
食料にできる生物がおらず、逆に食われているとの連絡を最後に連絡が取れなくなった観光船。
目的地の惑星が移住に適さないため惑星から離脱中、操船ミスから恒星の重力に捉えられたという連絡をしてきた移民船。
所属する船団も最終的に四散した。
船団長の命令という職務放棄により、船団に属していた船は思い思いの進路を取る。
この船は船長の指示で移民先に向けて航行を続けた。
だがこの船も不運に見舞われる。
最初の不運は第1目標の移住先が水の惑星だった事。
見渡す限り水で覆われ陸地と言えるものは所々水深の浅い所にある岩場だけ、陸上生物の私たちが移住できる惑星ではなかった。
仕方無く第2目標に向かう。
その途中、最悪な2つ目の不運に見舞われる。
隕石が貨物室を貫き食料の大半を宇宙空間に放り出したのだ。
残った食料を乗員乗客全員で均等に分けると、第2目標に到着する前に全員餓死する。
そこで船長は決断した。
残った食料の大半を、船の操船に必要な主席操縦士の私と副操縦士の相棒それにエンジンルームの機関長以下数名の機関員に渡し、操縦室とエンジンルームに立てこもるように指示される。
食料を与えられない乗員乗客は共食いを行うだろうが、全員死に絶える前に目的地に到達できれば何とかなるだろうとの考えからだった。
たとえ第1目標のような惑星であっても後には引けない苦渋の決断だ。
私たちが操縦室やエンジンルームに立てこもったあと船長は自分に服從する眷属の者たちと共に、操縦室やエンジンルームの前や通路に幾重にもバリケードを築いた。
そのあと船長と眷属の者たちは少しでも私たちに時間を与える為に船長室に立てこもり、食料を求める乗客乗員の攻撃を受け食い殺される。
その後の船内は食料を求める者たちにより弱肉強食の世界になった。
その弱肉強食を生き延びた強者がモニターに映る奴等。
船長の捨て身の時間稼ぎやバリケードによって、数カ月時間稼ぎができた。
だが数日前、機関長から扉がもう持たないという連絡があったあとエンジンルームと連絡が付かなくなる。
「ヘルメットを被れ」
相棒に声を掛け私もヘルメットを被った。
船はあと数十分で第2目標の惑星の大気圏に突入する。
そのことを船内放送したが、理性を失った痩せ細り干からびた奴等は聞く耳をもたず、扉を抉じ開ける手を休める事は無かった。
ヘルメットを被りシートベルトで身体を固定する。
扉を抉じ開ける音が操縦室に響く。
その抉じ開ける音を聞きながら私は、太陽光を直接浴びないように閉じていた窓のシャッターを身の安全を優先して開けた。
惑星の先に見える恒星の太陽光を浴びて、雪崩込もうとしていた奴等から悲鳴が迸る
エンジンルームに人がいないため出力の増減が上手くいかず、宇宙船は着陸速度を大幅に超過した速度で惑星の地表に激突した。
気を失っていたらしく火事を知らせるアラーム音で気絶から覚めた私は、慌ててシートベルトを外し操縦席から立ちあがる。
同じように操縦席に座ったまま気絶してるらしい相棒の目を覚まそうと手を伸ばした私の目に、相棒の胸をパイプが貫いているのが映った。
だから彼の被っているヘルメットを軽く叩き「さよなら」と囁いて、永遠の別れを告げる。
操縦室に雪崩込もうとしていた奴等は、太陽光を浴びた事と地表に激突した衝撃により一掃されていた。
サバイバルバッグを手に緊急避難用ハッチから惑星の地表に下り、爆発に巻き込まれないよう急いで船から離れる。
数百メートルほど離れたところにあった窪地に身を伏せ燃え盛る船の方に目を向けた。
私以外に船から脱出した者の姿は見当たら無い。
直後、船が大爆発して砕け散る。
大爆発して砕け散りながらも未だ燃え続けている船の残骸から、私は使えそうな物を集めた。
使えそうな物を拾い集めていた私の目に、この惑星の原住民らしい生物の姿か映る。
原住民らしい生物は夜の闇の中、炎に照らされている船の残骸を興味深そうに眺めていた。
その生物に気が付かれないように後ろから忍び寄り、飛びかかって押さえ付け首筋に牙を突きたて迸る血を飲む。
美味い! 濃厚で芳醇な味だ。
後年、地球の夜の支配者となる吸血鬼の始祖である異星の男は、腹が満たされるまでクロマニョン人の血を飲み続けるのであった。