男の図鑑ができました
「写真より、優しそうでよかった」
コンサルタントを名乗る、いかにも自分は爽やかです!って言いそうな34歳の男にそう言われた。奈津美は、悪い気はしなかった。平日の昼間のレストランを見渡すと、有名な羊羹の紙袋をいくつも抱えたマダムや、パソコンをしながらコーヒーを嗜む紳士、近くの大学に通う大学生などに囲まれていた。
「トモさんこそ、お写真で拝見したよりも素敵ですね」奈津美は、少しはにかんだようにしてそう答えた。これで、マッチングアプリで男性と食事をしたのは20人目。いい加減、もう誰でもいいから、付き合って欲しいのが本音だ。奈津美は現在35歳、そこそこの大学を出て、有名ではないが中小企業の事務として採用してもらえた。大学から付き合ってきた彼がいて、28くらいで結婚して、幸せな生活が待っているはずだった。しかし、あの悪夢のような事件が起こり、すべてを覆すことになってしまったのだ。
⭐︎1、ミートボール事件
圭一と、奈津美は大学のサークルで一緒になり、はじめは圭一の恋愛相談に奈津美がのる形で、いつのまにか、2人とも好きあっていった。圭一は、すごく感受性が豊かで、とにかく優しくて愛に溢れていた。それは奈津美にも、自分の家族にも。
はじめに違和感を感じたのは、付き合ってすぐの母の日だった。「奈津美!母の日だからいますぐ俺の家に来てよ」と、いきなりのメッセージが届き、「ちょっと待って、母の日だからって何?」と思い悩んでいると、家の前に車のエンジン音が響く。来てしまったものは仕方ないと、車に乗り彼の家に向かった。家族総出で出迎えてくれ、皆でケーキを食べたり、彼の母を祝う。途中で、無理矢理寄らせたイオンで買ったマドレーヌを渡すと、「あっ、これは見た目は可愛いんだけどあまり美味しく無いのよね」とまさかの返答に、奈津美は(なら、あなたの腕についているようなとびきりの上質ハムを買ってきましょうか)と心の中で毒づいた。とは言え、奈津美も細い方ではなく、どちらかでいうと太めに近い。お年寄りなどには、ものすごく好かれるが、あまり見た目に自信がないと感じていた。
だから、本音は何があっても隠してとにかく「見た目はいまいちだけど性格はいいこ」を完璧に演じていた。付き合っていく上で、この日のようなことは多々あった。「奈津美さんが来ると、圧迫感があってドキッとしちゃう」や「たくさん食べてね、ダイエットきにしてなさそうだから」など、とても常人ならイラッとすることにも、菩薩の様な笑顔をしてとにかく耐えた。四年が経過して、大学も卒業したので数年したら結婚もお互い考えていた。その矢先で、圭一が新卒にも関わらず、数ヶ月で大手の企業を退社した。正確には無断欠勤をしたのだ。
理由を後から聞くと、「俺に見合う仕事ではない」「上司が上からでムカつく」といったものだった。奈津美には一切相談がなく、聞かされたのは辞めた後だった。それでも、彼の決断でもあり、自分が怒るのは筋違いであると感じて、とりあえず彼の家へと向かい、「ミートボール事件」に出くわすことになる。彼の家にいくと、母親と彼が居間にいた。ちょうどお昼ご飯を食べようとナポリタンが皿に用意されていた。ナポリタンには、薄切りのピーマンと玉ねぎそして、ミートボールが添えられていた。ミートボールをパスタに入れるのは面白いなとマジマジと奈津美は観察していた。すると、横から「あー」という声が聞こえて、「んっ」といい、首を前に出す様な仕草を圭一がした。「あらあら圭ちゃん」と、ティッシュをもち、母親がシャツに溢れたケチャップを拭き、勢いよく転がり落ちたミートボールを拾い上げ、園児をあやす様にしていた。今で言う蛙化現象というか、王子様の魔法がとけたように一気に愛情も
体温も冷めて、家を後にした。これ以上付き合いはできないと思い、別れを切り出した。「君と結婚したら君がママの役をやるんだから、それまではよいじゃないか」という、パワーワードを持ち寄り、何度か復縁を迫られたが、奈津美から、好きな人ができたというと、いつのまにか連絡がなくなった。数ヶ月経って、「僕にもママにも優しい彼女ができました」という謎の葉書が来て、奈津美の初めの恋は終わった。それからしばらく、おひとりさまを謳歌していたが、親の高齢化や友人の結婚を機に、結婚式の二次会で教えてもらった「マッチングアプリ」にて、奈津美の波瀾万丈な恋物語が始まっていく。
つづく