遺跡への道のり
魔法の発展により、山越えは実に簡単になったと言える。
リフトの魔法で斜面を滑るように登る事や、トンネルの魔法で山の中を突っ切って進む事も出来る。
一部の人間は、飛行魔法で山を飛び越えるなんて事も可能だ。
しかし、それはあくまでも魔法が使える女に限った話。
生粋の男である俺も、女とは言え故郷の村を出たばかりの新人も、そんな芸当が出来るはずもない。
つまり、昔ながらの徒歩である。
「ぬぅ……」
顔に覆い被さる木の枝や蜘蛛の巣を掻き分けながら、道なき道を地図とコンパスに従って歩いて行く。
こう言うのには慣れているとは言え、やはり思い通りに進めないと言うのは、些かストレスが溜まる。
「ううぅ……疲れる……遠い……」
「同感だ……が、山一つならまだ近い方だと言える。もっと遠くであれば、この環境で野宿する事になる。いつそんな依頼が入るとも分からん。今のうちに慣れておけ」
「はひぃ」
半ば悲鳴に近い返事を聞き流しつつ、頭上の枝をへし折って空を見る。
日の位置から計算するに、歩き続けて半日と言ったところか。
となれば、そろそろ目的地も見えて来るはず。
「……っと」
「え? 何をやって……うえっ!?」
視界の端に蠢くピンク色を見かけたので、手に持った枝を投擲すると、枝の突き刺さった血塗れの肉塊が落ちて来た。
俺と新人の間でピクピクと動くそれを見て、新人が悲鳴を上げて飛び退く。
「な、何ですかこれ!? 気持ち悪ッ!」
「何ですかも何も、つい昨日見たばかりだろう。ファーマーの幼虫だ」
グチャリ、と枝ごと踏み潰し、蹴り飛ばす。
「奴らの幼虫は、木の枝や《《うろ》》の中に潜んでいる。見つけ次第殺せ。確実にな」
「ええ……アレに攻撃するの、なんか気が引けるんですけど……」
「そんな悠長な事を言っている連中が多いから昨日のような惨状になるのだ。まぁ、不特定多数の誰かがああなって、俺達の仕事が増えても良いと言うのならば無理強いはしないが……」
「……なんか急に殺る気が湧いて来ました。見つけるコツとかあります?」
新人の表情が引き締まり、声が一段低くなる。
どうやら、心の底からやる気が湧いているらしい。
随分と意欲的になってくれたようで嬉しい限りだ。
「あの色を覚えろ。連中は産まれてから死ぬまで、一生あの目立つ色のままだ。あの色を見たら自然にそちらへ意識が向くようになれば、見逃すことは無い」
「わかりました。色ですね。覚えておきます」
「良し、では行くぞ。もうそろそろ着くはずだ」
そうして再び地図に従って歩き出すと、少ししてすぐに目的地は見えた。
少々急勾配な坂の下にどっしりと構えるのは、川を跨ぐように築かれた、石造りの砦だ。
その表面にびっしりと生した苔と、石を割くように根差した大木が、その古さを表している。
「デカいですねぇ……」
「そうだな。確かにデカいな」
この大きさなら、かつての人間が作った物だろう。
他の種族が作ったのならば、もっとわかりにくく、自然に溶け込むように作られているはずだ。
まぁ、この砦も悠久の時を経た今、完全に自然と一体化しているが。
「アレに今から行くんですよね?」
「ああ、そうだ」
ここに至るまでの道中で何かしらのトラブルがあった可能性も考えられるが、その場合に関してはもう俺はどうしようもない。
少なくとも正規ルート……魔法を使えない人間にとっての正規ルートに事故の痕跡は無かったので、恐らくここに到着しているはずだ。
「私、遺跡とかって初めてなんですけど、やっぱりなんかお宝があったりします?」
「あるな。と言うか、俺が身につけている籠手やブーツなんかは、遺跡で見つけた代物だぞ」
「え!? マジですか!?」
そう教えてやると、目を輝かせた新人が俺の籠手をベタベタと触り始めた。
鬱陶しいのでさっさと引き剥がし、滑るように坂を下って行く。
「ちょっ、ちょっと待って下さいよ! もう少し見せて下さいってば!」
「仕事が終わってギルドに帰ったら見せてやる。それにこう言うのが欲しいんだったら、お前も遺跡を漁れ。今日は帰る前に遺跡を見て回るくらいなら付き合ってやらんでもない」
「言いましたね!? 約束ですよ、約束!!」
あーそうだな、なんて生返事を適当に返しながら、緩まっていた紐や留め具を直し、目元まで覆うマスクを着けてフードを被る。
回復薬と解毒薬、投擲用の石の数を確認して、腰に下げていた松明を取り出し、火打石で火をつければ準備は完了だ。
かかった時間は、おおよそ20秒と言ったところか。
「早っ!?」
「時間は有限だからな。それも、救出……とは、まだ確定していないが、こう言う依頼ならば、こう言う時間は縮めるに限る。当然、それで雑になっては駄目だが」
準備を疎かにすれば死ぬ。冒険者の常識だ。
「お前も準備が出来たら行くぞ」
「あ、はい……えーっと……これがこうで、こっちがこうで……こうして……」
モタモタと鎖帷子やベルトの構造に手間取っている新人をよそに、遺跡の中の様子を確認する。
ファーマー特有の臭いは無し。ゴブリンやらオークやらのような、ある程度の知性を持ったモンスター共の痕跡も無し。
となると────
「準備できました! 行きましょう!」
俺と同じようにマスクを着け、フードを被った新人が走って来る。
……フードの裏表が逆だが、まぁ、性能に差異は無いし、直さないでいいだろう。
「……ああ、気を引き締めていけ。多分、厄介なのが出る」
「厄介なの……?」
「まぁ、確定したわけではないから何とも言えんが……取り敢えず、頭上と音に注意しろ。
それだけ注意すれば、後はどうにでもなる。
そう告げると、新人はこくりと頷いた。
……さて、それでは仕事開始だ。