最近の冒険者
酒場で飯を食っていると、何やら新人が挙動不審になっているのに気づく。
どうやら冷静を装っているようだが、視線がこれ以上ないくらいに泳いでいるのでバレバレだ。
「どうした。何があった」
「い、いえ、その、何やら視線が……」
何か問題でも起きたのかと聞いてみると、恥ずかしそうにモジモジとしながら明後日の方向を向くので、チラリとそちらを目で追ってみる。
「……ああ、成程」
その先では、テーブルを囲んで座る一つのパーティが、此方を訝しげに凝視していた。
女性のみで構築される四人組で、装備から推測するに前衛2、後衛2のバランス型だ。
俺からの視線に気付いたのか慌てて目を逸らすが、それでもチラチラと此方を覗いて見ては、仲間内で何やらヒソヒソと話している。
しかし、この辺りでは見ない顔だ。他所の街からやって来たのだろう。
「もしかして私、まだ臭っているんでしょうか……」
「いや、そんな事はない。連中が気になっているのは俺……もっと言えば、この標識だ」
首に下がった金色のプレートを持ち上げて見せる。
「ああ……ラガンさん、高位冒険者の金等級ですからねぇ……やっぱり珍しいんですかね?」
「まぁ、珍しいだろうな。それも男となれば尚更だ」
この街のような都市部は、基本的に男卑女尊の風潮が強い。
様々な団体や組織のトップは大体の場合は女が務めるし、冒険者として高い等級を持っているのも、殆どが女。
その理由は至極単純で、女性が男性よりも魔力の保有という点において、比べるまでもなく圧倒的に優っているからと言う一点に尽きる。
と言うのも、男は待機中のマナを体内に取り込んだ側から殆どを消費して身体能力に還元してしまうので、それほど多くの魔力を溜め込む事が出来ないのだ。
逆に、女は体内に取り込んだマナの殆どを魔力として貯蔵するので、身体能力は男に比べて低い代わりに多くの魔力を貯める事ができる。
どうやら数百年前の時代は身体能力の高い男の方が優位だったようだが、魔法と言う、単純な身体能力なんて目でもない超技術が発展した結果、その立場が完全に逆転したらしいが、『女は男の上位互換』なんて思想すら根付いている今となっては、男が優位だった時代など想像もつかない。
これらの事を伝えてやると、新人は目を見開いて驚いた。
「はえ〜……そうだったんですか? 私の村じゃあ男の方が威張ってましたけど」
「まぁ、力仕事に関しては男の方に適性がありすぎるからな。農村の方だと、まだ男の方が優位だ」
一応、身体強化魔法だったり耕作魔法なんてもんが無いこともないが、それを使った女が畑作業をするより、男がやった方が圧倒的に効率が良い。
もっとも、その優位性も魔法の発展によって消える可能性はあるが。
「成程……ん? って事はもしかして、今の私ってラガンさんより立場が上だったり!?」
「するわけがないだろう。せめて俺より等級が上になってから言え」
「ですよねー」
俺が金等級で、コイツは瑪瑙等級。
第三位と第十位だ。
いくら男と女の差があろうが、埋め切れない差というものは存在する。
「ってかそうなると、もしかしてラガンさんって実は滅茶苦茶希少な人材なんですか?」
「そうだな。金等級以上で男となると、この国の中じゃあ両手で数えて足りるくらいだろう」
「えぇ……? そんな大物が何だってこんな辺境であんなの狩ってるんです?」
「逆だ。ここでアレを狩っていたから金等級になったのだ。そこに何の特別な意味も無い。当然の帰結だ」
もっとも、俺の仕事は連中を狩ることではなく、やらかした冒険者の後始末なのだが。
そう言うと新人はふぅむと呟き、顎に指を当てて思案し始めたので、俺は新人から視線を外し、手元のステーキを切って口に放る。
…………ふむ、どうやら今日は当たりの日らしい。
しまったな。酒でも一緒に頼んでおくんだった。
───どうしてあんなのが高位冒険者なの?
なんて事を考えていると、そんな言葉がするりと耳に入って来る。
実に良く聞き慣れたフレーズだ。
声のした方向から考えるに、先程のパーティだろうか。
俺はこのフレーズを聞く度に、なんと嘆かわしい事だと天を仰ぎたくなる。
ここ最近の冒険者達は、どうにも等級の事を軽んじているらしい。
彼女らは等級を報酬の高さを計る指標や、人気を得るための称号として捉えている節がある。
違う、そうではないだろう。
等級とは、偏にその者の実力と信用を示すものなのだ。
地道に依頼を受け、自分を磨き、ギルドから信頼を築いた証拠。
それこそがこの標識であり、等級だ。
高難度の依頼に等級制限が設けられているのも、高等級の冒険者にはある程度の自由が認められているのも、高等級の冒険者には、それ相応の実力と信用があるからに他ならない。
それを理解できていないから、彼女達は身の丈に合わない依頼を受けたり、無茶な計画で動こうとして、最後には失敗する。
そして失敗した先は化け物共の苗床で、最後に尻拭いが俺に回って来る。
この一連の流れが、ここ十数年間にわたってよく起こっている。
さて、連中はそうならないと良いのだが。
────なんて思っていた俺は、あまりにも楽観的過ぎる馬鹿だった。
「ラガン様、先日、隣の街からいらっしゃったパーティの皆様方が遺跡の調査に赴き、終了予定を大幅に超越したにも関わらず帰還していません」
翌日、ギルドの扉を開いて、開口一番に受付嬢から告げられた報告だ。
なんて事だ。昨日の憂慮が、よもや本当になろうとは。
頭を抱えて天を仰ぎたい気持ちをグッと抑え、受付嬢から地図を受け取って体を翻す。
「行くぞ新人。仕事だ」
「あっ、はい!」
目的地は山一つ向こうにあるらしい、古代文明の遺跡。
さて、今回は鬼が出るか蛇が出るか。虫はもう暫くは結構だ。