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苗床の処理係  作者: 大いなるちくわ
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苗床の処理係

 鬱陶しい虫共の合唱の中、冒険者ギルドから指名の依頼を受けた俺たちは、とある山奥の洞窟へと足を踏み入れた。

 依頼の詳しい話は特に何も聞いていないが、どうせまた『出来た』のだろう。

 俺に依頼が来たと言う事は、つまりそう言う事だ。

 

「うへぇ……すごい臭いですね」


 後ろからついて来た新人が、呻くように呟く。

 洞窟の奥から漂ってくるのは、排泄物や腐乱物とも違う、甘ったるいようでツンと鼻を刺す、独特の奇怪な匂い。

 確かにこれは、嗅ぎ慣れていない人間には厳しいだろう。

 だが、俺と冒険者としてパーティを組むのなら、このくらいは慣れてもらわないと困る。

 

「鼻で呼吸しろ。すぐに慣れる」

「わ、わかりました……」


 奥の方から響いてくるピチャピチャと言う音を聞き流しつつ、松明を掲げて洞窟を進んで行く。

 どんどん強くなる悪臭に新人がえずき出した頃、ついにそれは姿を現した。

 形容するのならば、肉の壁だろう。

 ぶよぶよ、てらてらとした、ピンク色の肉の壁。

 その表面からは幾つもの触手が飛び出しており、まるで何かを探すかのようにそれぞれがぐねぐねと蠢いている。


 この肉の壁こそが、冒険者達のみならず、動物やある程度のモンスターにすら恐れられる、最凶の生物。

 雄だろうが雌だろうが、フェロモンで誘き寄せては捉え、苗床へと変貌させるその生態からついた名こそが『ファーマー』である。


「うっ、うえぇぇぇぇぇッ!」


 そのあまりの醜悪な姿に、今まで耐えていた新人が吐き出した。

 ビシャビシャと、吐瀉物が洞窟の床に落ち、反響する。

 その音に反応したのか、何本かの触手が俺の後ろの新人に向かって伸び始めた。

 そして、触手のうちの一本が、ファーマーと新人の中間にいた俺に触れる。

 すると全ての触手が一気に俺に纏わりつき、俺を肉壁の方へ引き摺り込もうとし始めたので、俺は力任せに全ての触手を引き千切り、その辺に放り投げる。

 ビチビチと跳ね回り、気味が悪い。

 まぁ、もう慣れたものであるのだが。


「連中はこのように、最初は触手で獲物を取り込もうとする。しかし、この触手は見た目の割に弱いので、ろくに鍛えていなくとも、短剣の一本でもあれば簡単に対処可能だ」


 新人に対処法について教えている側で、声の無い悲鳴を上げるファーマー。

 ファーマーはブルブルとその表面を強く振動させると、再び数本の触手が俺目掛けて放って来た。

 その表面には、サボテンのように小さな針がいくつも付いている。

 が、関係ない。引き千切る。

 粘液や血液が飛び散って実に気分が悪いが、これが一番楽なので仕方が無い。


「そうすると、次に毒で攻めてくる。しかし見ての通り針は小さいので、着込んでさえいれば対処は容易い。だが、近頃の冒険者は男も女もやたらと露出を増やしたがるので、これにやられてしまう」


 本当にどうして連中はああも肌を晒したがるのだろうか、と疑問に思いつつ、全ての触手を千切り終える。

 触手を全て失い、丸裸となった肉壁は、まるで死んだかのように大人しくなった。

 しかし、俺は知っている。コイツらは体内にある心臓を破壊しない限り、半永久的に生き続けるのだと。

 コイツらはこうして獲物を油断させ、最後に一気に狩るのだと。

 知っているのであれば、もう対処は簡単だ。


「ハァッ!」


 唐突に肉壁から生え、迫って来た触手を握り潰しながら、一気にファーマーへと接近する。

 そして、そのぶよぶよとした肉壁に手を突き刺し、ブチブチと音を立てて切り開いた。

 そこから覗く中身は、光の差さない真っ暗闇。

 松明を隙間から差し込んでやれば、大きめの空洞があることがわかる。


 それを確認した俺はさっさとその中に体をねじ込み、肉壁の体内へと侵入を果たした。

 そしてその中から、新人へと呼びかける。


「このように、コイツらはこちらの油断を誘った攻撃を行ってくる。この直後は体力を使い果たすのか何もして来ないので、その隙にここまで来るのが良い。……おい、いつまで寝てる。さっさと来い」

「は、はいぃ……」

 

 新人は走ってこちらへ向かって来るので、隙間から中に引っ張り入れる。

 べちゃり、と顔から着地したが、まぁ床も柔らかい肉なので平気だろう。

 もっとも、臭い上にネトネトしているので、地獄のような不快感はあろうが。

 

「う、うえぇ……って、うわぁ……こんな事になってたんだ……」


 しかし、その不快感よりも、初めて見るファーマーの中身への興味の方が勝ったらしい。

 キョロキョロと、顔を拭うこともなく辺りを見渡している。


「コイツらが洞窟やら何やらに棲みつく理由だ。見ろ」

「え?」


 俺が指をさした方向を向く新人。

 そこにあったのは、積み重なった動物達の死骸と、そしてその周囲に蠢く、無数のファーマーの幼虫達。

 

「ひ……ひっ!?」


 どちゃりと、尻餅をつく新人。

 どうやら腰が抜けてしまったらしく、その場から立てないでいる。

 まぁ、それも仕方あるまい。

 慣れた俺ですら、未だこの光景には苦手意識があるくらいだ。

 新人には、流石に刺激が強過ぎたらしい。

 しかし、これで終わりでは無い。もっと酷いものが、一つ残っている。


「連中はこの中に餌を溜め込み、幼虫達を育てる。そして────」


 松明を掲げ、天井を映し出す。


「幼虫達を産む、苗床もここだ」


 そこには、苗床として見るも無惨な姿へと成り果てた冒険者が、虚な目で吊るされていた。

 ふむ、どうやら間に合ったようだ。

 後一日か二日か遅れていれば、彼女も死骸達の仲間入りをしていた事だろう。

 

「……きゅう」

「……流石に厳しかったか」


 あまりにも衝撃的すぎる光景を見て、新人が卒倒してしまった。

 まぁ、仕方のないことだろう。

 これ以上虐めてやるのも酷だ。とっとと終わらせて、洞窟の外で休ませてやろう。


「ほっ」


 壁に指を突き立てて天井まで登り、苗床を回収して脇に抱えて飛び降りる。

 そして卒倒した新人を肩に担ぎ、奥の方で鼓動しているのが見えるファーマーの心臓を拳で破壊した。

 その瞬間、ブルブルと部屋が揺れ出すので、走って開けた穴の方にまで走り、そのまま脱出する。

 後は放っておけば中の幼虫諸共勝手に死んでくれる上、腐った死体が次のファーマーの発生をしばらく抑えてくれるので、放置してそのまま洞窟を出れば、依頼は完了だ。


「……むぅ」


 数十分振りの日の光が眩しい。

 網膜が焼かれ、目に痛みが走る。

 しかし、俺はこの痛みが嫌いでは無い。

 仕事を無事に終え、帰って来れたのだと言う実感が湧くからだ。

 まぁ、どうでもいい事だが。

 取り敢えず今は、さっさとギルドに戻って報告をしなければ。



 ◼️



「……その人、どうするんですか?」


 山を下り、少しばかりの道を目覚めた新人と共に歩いて街に着いた頃、思い出したように新人が聞いてくる。


「まずは診療所、或いは教会で治療だ。その後は知らん。本人の意思次第だ。田舎に帰る、冒険者を続ける……まぁ、他にも色々あるが、この二つが多い」

「へぇ、冒険者を続ける人もいるんですか。意外ですね」

「復讐に燃えたり、そもそも気にしていなかったりする者達はそうする」


 そんな事を話しつつ苗床となっていた冒険者を治療所の職員に引き渡し、ギルドの方へ。

 相変わらず重苦しい扉を開くと、古い木材の匂いと、カウンターの奥で事務作業を行なっていた受付嬢が俺達を迎えた。


「お疲れ様です、ラガン様。首尾の程は如何でしたでしょうか?」

「上々だな。冒険者は生存、繁殖も最小限だ」


 連中はすぐに増える。

 産まれてからある程度は脆弱で、他の生物に容易く食べられてしまう分、短期間に多くの幼虫を作って排出するのだ。

 今回は大丈夫だったが、酷い時はあの空洞の中が幼虫で埋まっていたりもする。

 まぁ、相当質の良い苗床が何体か揃っていなければそうなる前に排出されるので、そんな事はそうそう無いのだが。


「では、報酬をお支払いします。今後もよろしくお願いします」


 差し出された幾許かの銀貨と銅貨が詰められた袋を受け取る。


「……危険度の割にしょぼい報酬ですね」

「そうでもない。本来はちゃんと着込んでいて、水晶等級程度の実力があれば誰でも狩れるモンスターだ。この程度が妥当だろう」


 本当に、何故冒険者というものはやたらと露出を増やしたがるのだろうか。

 何度目ともわからないその疑問を浮かべるが、やはりどうしても答えはわからない。


「……まぁ、先ずは飯だ。体を洗ってこい。俺も臭いまま飯は食いたくない」

「あっ、はい!」


 銅貨を投げ渡してやると、トテトテと湯屋へ走っていく新人。

 さて、では俺も洗いにいくとするか。

 今日はこれ以上、面倒ごとが起きなければ良いのだが。

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