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6、結末

 それから一週間ほどして、クーデターのその後が村にぽつぽつ届いてきた。その結末は思った以上にあっけないものだった。


 国王と第一王子は、第二王子ジョージたちよりも早く王都に到着し、素早くクーデターを鎮圧した。

 その後、王都の近くで、第二王子たちは捕縛された。そしてクーデターに関わった主要な者たちは速やかに処刑されたと言う。その中にはエドガーも含まれていたということだ。


 国家転覆を謀ったのだから当然だ。

 それに彼らは第三王子アーサーの側近を多数殺したという。同情の余地はない。


 アイリーンはその知らせを聞いて、すっきりした気分になる訳でも、悲しい気持ちになる訳でもなく、ただ虚しさを感じた。一週間ほど前には、元気にあんなに下品な言葉を並べ立てて、アイリーンの怒りを駆り立てた憎い男があっさりと死んでしまった。結局王都に出て一ヶ月と少しでこうなるとは。

「馬鹿なやつ」

 アイリーンはそう一言だけ呟いて、エドガーのことはもう忘れることにした。



 一方のアーサーは、クーデターから命を賭して国を守ったとして英雄扱いされた。

 同時に、現国王が退位することが発表された。

 王都では、次期国王に誰がなるのかということが関心を集めた。王都では、第三王子のアーサーを推す声も大きかったそうだが、彼は自ら身を引いたという。順当に第一王子が次期国王になることになった。


 それからの王都では、アーサーに縁談の噂が次々と持ち上がった。

 王都では今話題の中心はアーサーの結婚相手が誰になるかということらしい。伯爵家やら公爵家やら、様々な貴族の令嬢が話題に上っては消えていった。どうやらどれもアーサー自身が断っているという。


 アイリーンはその話を聞いて、どれもいい話じゃない、もったいない。せめてそんなにすぐに断らず、相手と会ったりしてしばらく様子を見てあげてもいいのに、と思った。それか、アーサーはたくさんの女性と遊びたいから独身のままでいたいのかな。都会の人って軽薄って言うし。

 なんてね。それは冗談だ。彼がそんな人じゃないのは知っている。

 もちろんあの日数時間話しただけの、ほぼ他人だけど。ちょっとした知り合いって、心の中で思うくらいはいいだろう。

 アーサー、そんなに悪いやつではなかったし、まあ幸せになってほしいって思わないでもない。

 アイリーンは、そんなふうに王都でのアーサーの話を、気楽に聞いていたのだが。


 

 ある日王都からの使者がやってきた。

 アイリーンが預かっていた首飾りを回収するためだ。そして、第三王子を助けたノーム村に感謝と報酬が下賜される。事前にそれは知らされていた。ノーム村が属する領地の領主が自ら出向いて来るという話もあった。


 他の村人たちと、王都からの使者を出迎えてみると、アイリーンは驚いた。

 使者の集団の中にアーサーがいたのだ。

「アーサー!?」

「やあ、アイリーンさん」

 アーサーはアイリーンを見つけると笑顔になって、馬から下りて、アイリーンの元にやってきた。


「お元気でしたか?」

 アーサーは、前と同じ、爽やかな笑顔でそう言った。

「ええまあ」

 それからアーサーは、何か言おうとして、なかなか勇気が出ないような様子でもじもじしていた。

「どうしたの?」

「ええと、その……」と口ごもってから、覚悟を決めたように、真っすぐとアイリーンの目を見て言ったのだった。

「あの、アイリーンさん……って僕とお友達ですよね」

「え? 友達?」

「前に少し喋っただけだから、アイリーンさんはそう思ってないかもしれないですけど。僕は友達と思っちゃってるというか。やっぱ僕の方だけですかね?」

「うーんと」と言って、アイリーンは少し思案した。すぐに答えなかったのは、アーサーの言葉があまりにも意外だったためだ。

 アーサーが自分を友達だと思ってくれていること自体は、全然嫌ではなかった。だけど、アイリーンは、アーサーのことを自分とは違う世界を生きる遠い存在だと思っていた。


 アイリーンは、いつか自分が年をとった時に、村の子どもに王子を助けたという自慢話をするつもりだった。そしたら子どもが「アイリーン、王子様とお友達なの?」と目をきらきらさせて言い、私が「うん、そうだよ。私、王子様と友達なんだ。すごいでしょ」と答える。「わあ」と子どもの憧れの瞳。まあ、向こうは覚えてないだろうけどね。

 なんて、そんな妄想をしていた相手から、「友達だよね」なんて言われてもうまく受け止められないのだ。


 アーサーがアイリーンの方を不安そうな目で見ていた。そんな目で見られたら、

「まあ、私も友達だと思っているよ」

 そう答えるしかない。

「本当ですか。よかった。じゃあ友達らしく話さないと。よ、よろしくね。アイリーン」

「うん、よろしく。アーサー」

 そんな会話をしただけでもアーサーはとても嬉しそうだ。こんなことで? と思うけど、一国の王子ともなると、なかなかフレンドリーに喋るような相手も少ないのかもしれない。


「でも今日はどうしてこの村に来たの?」

「それはね。僕がここの領主なんです。じゃなくて、なんだ」

「え、そうだったの?」

「ええ。そうだったというか、そうなったというか。というか、正式にはまだなんだけど」

「どういうこと?」

「ここはもともと国王の直轄地だったんです。だから普通の領地とは違う特殊な土地だったんだけど。この前、兄さんに頼んで僕の領地にしてもらうことになった。今度、兄さんの就位と同時に僕は公爵になるんだけど、そこでここを含めた公爵領を納める領主になる」

「兄さんって」

「うん、次期国王だね。だから意外と簡単に話が決まったよ」

「それはそうでしょうね。でもなんでこんな僻地を?」

「それは豊かな森があって植物の好きな僕は気に入ったからだよ」

「そういえば植物学者だったわね」

 植物学者というのは、アーサーが王子という身分を隠すために言った嘘の肩書きだ。

「ごめん。あの時は嘘をついて。でも、僕が植物を好きなのは本当だよ」

「そう?」

「うん。その植物がというのも実は建前なんだけど。いや嘘じゃない、本当にそれもあるんだけど。一番は、正直言うと、この村にもう一度来たかったから領主になった」

「ふうん。ここってそんないいところかしら、私、他の場所を知らないからわからないんだけど」

「この村がいい場所というか。その、この村には君がいるから。アイリーン」

 それを聞いてアイリーンは嫌そうな表情をした。

「私そういうの嫌いなの。都会の男の人って、女性にそうやって甘い言葉を(ささや)いて、いい気にさせるんでしょ」

「そういうつもりじゃないんだけどな」

 アーサーは苦笑いをした。


「そうだ。僕が前に来た時に、一緒に行ったあの小さな丘。あそこに行きたいな。思い出深い場所なんだ」

「思い出って、ついこの前じゃない。別にいいけど」

 二人はその場所に向かって歩き出した。


「最近、いろいろあなたの話聞こえてくるわよ」

「へえ、どんな話?」

「いろいろな貴族の令嬢からモテモテみたいな。しかも、それを全部断ってるって。一体どういうつもりなの」

「ここまで届いているんだ。なんか恥ずかしいな」

「私の方も変な気分。村に来る商人に王都の様子を聞くと、あなたのそんな話ばかり。王都でときめく王子様、いやこれからは公爵なのよね。とにかく、ずっと遠くの存在になって、有名人になったあなたのゴシップを面白がっていたのに。今度は目の前に現れるし」

「驚かせちゃったね。前もって何も言ってなかったしね」

「本当よ。それでどうするつもりなの。いつまでも結婚しないつもりなの? 都会の男の人って、自由な独身の立場を手放したくないって考える人もいるって聞くけど」

「いや、そういう考えではなくて、王都には僕の結婚したい相手がいないというか」

「はあ、王都にいなかったら、一体どこにいるっていうのよ。もしかして、他国のお姫さまとか?」

「そうじゃない。この村にいるんだ。だから僕は今日ここに来たんだよ」

「は? どういうこと?」

「あ、ついたよ」

 二人は前も来た海の見える小さな丘にたどり着いた。


 アーサーは「思い出」と言った。

 たしかにアイリーンにとってもここは「思い出」の場所である。でもそれはアーサーにとってのものと全く異なるだろう。

 アイリーンにとってのここは、幼なじみと約束をした場所。そして、都会にいった幼なじみがその約束を破ってから、ここは嫌いになった都会を思い起こさせる場所となった。そんな「思い出」の場所。それから、あの日アーサーを連れてきたのは……

 あの時私は、都会から来たあなたを信用しないためにここに連れてきたんだ。

 でもアーサーはそんなアイリーンの事情なんて知らない。

 アーサーは感慨深そうにあたりを眺めていた。

 その純粋な目には、ここは単に田舎の景色のいい場所として映っているのだろうか。


「僕は前にここであの首飾りを渡したんだよね」

「ああ、そうだ。ひどい目にあったわ。あんな大切なものを、何も言わずに渡すなんて」

「それについては申し訳ない。でもまあなんとかなってよかったよ」

 とアーサーはほほ笑んだ。

「なんとかなったのはたまたまよ。私がそれを隠していることはバレて、もうほとんどあの人たちの手にわたる寸前だったんだから。あなたのお兄さんやお父さんがあの速度で王都に戻っていなかったら、どうなっていたことか」

「そうか。ジョージ兄さんの裏をかけると思ったんだけど、駄目だったか。でも、あの時はあれが一番良いと思ったんだよ。君は信用できるし、僕より賢いと思ったから。僕が隠すよりもっとうまく隠すと思った」

「買いかぶりすぎよ。そうやっておだてて誤魔化そうとしても駄目だよ」

「本当だって。でも、あんな重荷を押し付けて悪かったよ。いや、今、僕がしたかった話はそんなことじゃない」

「そうなの?」

 しかし、アイリーンはその先を聞くのは気が進まなかった。


「そう。さっきの話、僕が結婚したい相手はこの村にいるって話」

「何を言っているか全然検討がつかないわ」

 もちろんそんなことはない。アーサーが言おうとしていることは、誰でも予想のつくことだ。でもそれをアイリーンは聞きたくなかったのだ。

「だからさ、その相手は君なんだ。アイリーン。僕と結婚して欲しい」

 アイリーンはすばやく首を振った。

 なんでこうなるの? つい数日前、村に来た商人から王都の噂話を聞いて、またアーサーの縁談の話か、アーサー大人気だなあ、なんて笑っていたのに、なんで今、私がその当事者みたいになってるの? 意味がわからない。悪質な冗談?

 しかし、アーサーの表情は真剣そのものだった。


「本気なの?」

「もちろん。必要なものは馬車に乗せて持ってきたし、もう家族に話は通してある」

「そんな準備してきたんだ。それじゃあ断りにくいじゃない」

 アイリーンのその言葉に、アーサーは目を輝かせた。

「じゃあ……」

「でも残念ながら答えは、いいえよ」

「え、なんで?」

 アーサーは今度ははっきり落胆した表情になった。アイリーンは流石に申し訳ない気持ちになったが、彼女にも譲れない思いがあった。

「だって、あなたと結婚したら王都に暮らすことになるんでしょ」

「それはそうだけど」

「そんなの嫌。知ってるでしょ私が都会のことが嫌いって」

「うん、そうだね」

「それに……」


 アーサーはクーデターの時に追われて命からがら逃げてきたときに、たまたま私が助けたからその恩で、一時的に好意をもっただけだ。

 アーサーは、本来、私なんかと釣り合いが取れる男性ではない。

 私なんかより都会にはもっと素敵な人はいくらでもいるはずだ。それにいずれ気づくだろう。あの幼なじみのように。そうしたら、私のことはどうでもよくなるに違いない。私はまた裏切られる。それなら今のうちに断った方が、お互い幸せというものだ。


 アーサーはしばらく何かを思案していたが、やがてアイリーンの予想していなかったことを口にした。

「じゃあさ、僕がこの村に住むのならいい?」

「え? いや。そんなの無理でしょ」

「無理じゃないよ。ねえ、どうなの? 本当に住むのなら結婚してくれる?」

 アイリーンはそう言われると困った。アイリーンがアーサーの話を断るのは、アーサーが都会に住んでいるから、都会の男だから。そこから都会という要素が消えたら、断る理由も見つからなくなるのだ。

 どうせ彼が村に住むなんて無理に決まっている、そう考えて、

「まあそれならいいけど」

 アイリーンはそう言ってしまった。

 それを聞くとアーサーは心の底から嬉しそうな表情をしたのだった。

 いや、まさかね。そんなの現実的に無理だろう。王都から離れた、こんな小さな村に住むなんて。彼がそうしたくても周りに止められるに決まってる。


 しかしその日からアーサーはノーム村に住みはじめてしまった。

 そして、約束通り二人は夫婦になったのだった。

 それからアイリーンが危惧したようなことは起こらなかった。アーサーは意外と平凡な夫として、毎日森に入って植物を調査したり、家の事をしたり、地に足のついた夫婦になった。

 ただ時々、王族特有の出来事が起こって振り回されることがないでもなかった。


「アイリーン。母さんから手紙が届いたんだけど。母さん君に会いたいんだって」

「お母様って皇太后様?」

「そうそう」

「それって、王都に行かなきゃいけないのよね」

 アイリーンはそう言って渋い顔をした。

「いや、大丈夫。母さんがこっちに来るって」

「え、そうなの? 一体いつ?」

「王都の消印の日付が先週で、手紙に書いてある旅程によると、到着は今日かな。あ、父さんも来るって」

「今日? お父様?」

 その時、窓の外、村の入り口の方が騒がしくなっていることに二人は気づいた。

「ははは」

「いや、笑えないけど」


 そんな風に時々、いやそれなりの頻度で、彼の家族のあれこれに巻き込まれることもあったが、全体的には二人は小さな村で幸せな暮らしを送るようになったのだった。

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[気になる点] エメラルドの首飾りは結局どうなったのかが気になります。 国宝なら、さっさと返さないと。 あと、アイリーンの親は居ないんですかね? [一言] アーサー、只の田舎の村娘のアイリーンと結婚す…
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