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2、森での出会い

 それからのアイリーンは村の近くにある森の中で一日過ごすようになった。


 アイリーンの住むノーム村は、タイタニア王国の辺境、海辺にある小さな村で、村の外には起伏のある草原が幾らかあり、それを囲むように広大な森があった。


 アイリーンが森に行くようになったのは、村にいたくなかったからだ。

 村にいるとエドガーの噂話が聞こえてくるのだ。村人たちはアイリーンに気を遣っているのか、直接アイリーンに話すことはなかったが、狭い村の中にいると、エドガーについて話しているのがどうしても耳に入ってきた。

 噂によると、どうやらエドガーは、伯爵の令嬢と知り合い将来を誓い合う仲になっているらしい。たった一ヶ月で、そこまでいくのは驚きだ。

 それにしても一ヶ月って……。約束守る気あったの?

 

 森の中には、小動物やら名前の知らない植物やら、アイリーンにとって興味深いものがたくさんあった。だから森の中にいると、余計なことを考えず、気が紛れるのだった。


 とはいえ森の中を歩いていても、ふとしたときにエドガーのことを考えてしまうのだった。

 もうちょっと愛想よくしてれば、少しは違っただろうか。あまり喋らなかったから、私といても退屈に感じていたに違いない。この村では気にならなくても、都会にはたくさんの女性がいるのだから、すぐに私なんか見劣りしただろうな。

 いや、もし私が多少今より魅力的だったところで、伯爵令嬢にはどうやってもかなわないだろう。

「ああもう、こんなことを考えてもしょうがないのに」

 アイリーンは首を振りながらつぶやいた。


 その時、近くの茂みから、がさがさという物音がした。

「え、なに?」

 危険な動物の可能性もあるのでアイリーンは身構えたが、茂みの中から姿を現したのは一人の男だった。

 男はアイリーンより少し年上の青年で、服はぼろぼろ。脇に大きな荷物を抱えている。


 青年は、急に対面したアイリーンの姿にびっくりしたのか、その顔をじっと見つめた。それから、我に返って、

「ああ、よかった人に会えた」

 とほっとしたような表情で言った。

「それは何?」

 アイリーンが指さした場所、青年が出てきた茂みの中に、スコップで掘ったような穴があった。アイリーンの言葉に青年は一瞬、動揺した様子を見せたが、すぐに落ち着いて答えた。

「ああ、少し興味深い植物がありましてね。採取していたのですよ。私、植物学者なのです。あ、私はアーサーと言います」

「私はアイリーン。あなた、こんなところで何をしてたの?」

「ええと、実はお恥ずかしながら迷っていたのです。ここには珍しい植物がたくさんありますね。調べていたらいつの間にか森の奥に入り込んで、自分がどこにいるのかわからなくなりました」

 そう言ってアーサーは笑って頭を掻いた。

「ふふふ。間抜けな人ね。いいわ、ついてきて」

 アイリーンは何日かぶりに笑った気がして、心が少し軽くなるのを感じた。そのせいか、いつもは初対面の人にはもっと警戒して接するのに、いつもより気安い態度をとったのだった。


「どこにいくんですか?」

「どこって、森から出る道を案内してあげるのよ。困っているんでしょ」

「はい、ありがとうございます。そうしていただけると助かります」

「それにしても、服はぼろぼろ。小枝や葉っぱがたくさんついてるよ」

 そう言ってアイリーンはアーサーの髪の毛や服についていたそれらを払ってあげた。

 二人は森の中を歩きはじめたが、アーサーは疲れているのかふらふらとした足取りだった。アイリーンはアーサーのペースに合わせてゆっくり歩いた。


 歩きながらアイリーンはアーサーにいろいろ話しかけた。森の中に生えている植物について尋ねると、名前などを教えてくれたので、植物学者と言うのは本当らしかった。商人などを除いて、村の外の人間に会うのは珍しい。特に植物学者なんて、アイリーンが会うのは初めてだった。

「ところで、あなた、どこから来たの?」

「王都です。僕は王都の研究所で働いていて」

 アーサーの言葉を聞いて、アイリーンの表情がさっと変わった。

「そう」


 それからアイリーンは一言も喋らなくなり、アーサーより少し前を歩くようになった。

 アイリーンがたまにアーサーのほうをちらっと振り返ると、彼は周囲にきょろきょろと目をやっていた。植物が気になっているんだ。足をとめて調べたいんだろうな、と思ったけど、でもそれに付き合う義理はない。そう思ってアイリーンが歩くスピードを落とすことはなかった。

 アーサーは時々、息切れしたのか足を止めることがあった。

 アイリーンは、彼を置いてそのまま歩いていきたかったが、アーサーが顔を上げて「すみません」と申し訳なさそうにほほ笑むのを見ると、仕方がなく彼女も止まった。

 こうしてみると、人の良さそうな好青年だ。それにちょっとした仕草に、不思議な気品のようなものを感じる。

 でも騙されてはいけない。都会の人間は、こういうので私みたいなのを勘違いさせるのだ。

 

 二人は森を抜けると、アーサーはお礼を言った。

「私は村に帰るから」

 そう言って、アイリーンはアーサーと別れようとすると、

「すみません、厚かましいとは思うのですが、水や食料の補給、それから現在位置を知りたいので、アイリーンさんの村に行ってもいいでしょうか」

 それを聞いて、アイリーンは露骨に嫌そうな顔をしたが、

「勝手にすれば」と言った。


 アーサーとアイリーンがノーム村に向かって歩いていると、アイリーンの顔見知りの村人に出会ったのだった。

「お、アイリーン。男連れか?」

「は?」

 アイリーンは怒った表情をした。それから、アーサーに向かって、

「そうだ、ちょうどいい。村への道とか、あとはこの人に聞いて。じゃあね」

 そう言ってアイリーンは早足でそこから歩き出した。

「あ、待って。何かお礼を」とアーサーは声を掛けたが、アイリーンは振り返らないまま、

「いらない」と返事をしたのだった。

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