六話
「エルグレコの中には俺の祖先の記憶が全て記録されている。もちろん、俺の記憶も含めて全てだ。俺は別に祖先の記憶には興味がねえが、俺自身の記憶は当然持っていたい。だが、俺は紗雪のせいで自分自身の脳に記憶を留めることが出来ない。そういう契約だからだ。エルグレコを手放したくないのは、これを失えば俺は自分の記憶を全て失うことになるからだ」
俺は闇のほうを見据えて言った。
「最初はそんなわけねえって思ったんだがな、お前が未来の俺だと考えると全て辻褄が合っちまう。俺の祖先は代々魔力を編み続けてきた変わりもんの一族だが別に優秀な魔道士でも何でもねえ。魔導界のトップがわざわざ執拗に絡んでくるような過去の因縁なんてこれっぽっちもありゃしねえし、エルグレコは世間的に見てそんなに価値のある代物じゃねえ。でも、これがないと困る奴が世界でただ一人だけ存在するんだよなあ」
俺は舌で闇のほうを指す。
「紗雪のせいで記憶を失った俺だけだ」
「……」
「過去にも未来にも俺以外にエルグレコを必要とする奴なんて一人もいねえんだよバーカ。お前、何かの事情でエルグレコを手放したか壊されたかして、過去に遡ってエルグレコを取り戻すことで自分の記憶を復元しようとしてんだろ? でも残念。お前は記憶を失ってるから知らねえかもしれねえが、この剣は毎秒記憶を保存してる。術式そのものが時間と密接に絡みあってんだ。未来に持ち込んだら確実にバグる」
闇の向こうから溜息が聞こえてくる。
「なるほど……君の言うことは確かに筋が通っている。現に、私は自分自身が誰だか分かっていなかったし、君と話していて自分が何者なのかをようやく思い出した。私は、君だ」
「さて、そこでひとつ提案がある」
「なんだ」
「てめえは何者かにエルグレコを奪われた上で過去の世界に飛ばされた。つまり、俺がこのまま未来に進めばお前と同じようにエルグレコを奪われてこの時間まで吹き飛ばされることが確定してるわけだ」
「おそらくそうなるだろう」
「だがおかしいと思わないか? 過去の時間に戻ってきている俺は一人だけ。もしこれが何度も繰り返される事象なら、俺はここに無限に存在していないとおかしい。なにせ、俺は一定の場所まで未来に進むとここまで戻ってくるわけだからな」
「確かにそうだ。時間がループしていて、私がここに戻ってくるなら、私はここに無限にいないとおかしい」
「そしてお前は自分が魔道会のトップだと言ったな」
「そうだ。私は無限に近い運命力を持った現代最強の魔導士だ。しかし、記憶だけが欠落している……」
そこまで言って、闇の中の声は何かに気が付く。
「無限に近い運命力……そうか! エルグレコを破壊し私を過去に送ったのは、私自身か!」
「そうだ。俺とお前は無限にこの時間をループすることで運命力を束ねて無限に収束させている」
「しかしそんなことが可能なのか……!?」
「お前は記憶を失っているだろうが、ひとつだけある」
俺はニッと笑い、つい先ほどの出来事を思い出す。
「融合だ」
「未来の自分と今の自分を融合し、運命力を束ねる……これを無限に繰り返すということか……!」
「そうだ。未来の俺が力を過去に送り込み過去の俺がそれに気付いて融合する。そして時間軸の破壊を試みる。破壊が出来れば脱出し、出来なければまた過去に戻るまで」
「しかしどうやって……時間軸を破壊するとエルグレコは壊れるぞ……」
「道理を無視するために無限の力を蓄えているんだ。失敗すれば過去に戻ってもう一人分俺を集めるだけだ」
「膨大な試行回数を必要とするが、仕組みとしては単純極まりないな……」
「そういうわけだ。いくぞ……! 準備はいいか……!」
俺は闇のほうへと手を伸ばす。そして、闇の中から現れた手と融合する。
俺の中に極限まで無限に近い運命力がなだれ込む。そして、二つの身体がひとつに融合した。
「エルグレコは……なるほど、手元に用意していたか。さあ、時間軸を破壊するぞ……!」
これでエルグレコの崩壊を止められなければまたやり直しだ。しかし記憶の引継ぎは起こらない。過去の自分がこの考えに至ることは確定しているし、一切の苦痛を感じずに俺は無限のパワーを得ることが出来る。
「成功すればな!!」
空間が歪み、虹色の光が俺の身体から噴出する。
世界の理に無限をぶつけることで、俺は未来を目指す。
「なんとかなれ!!!!!!!!」
瞬間、世界が開けた。
「なんとかなった!!!!!!!!!」