聖女の仕事のその後に
最終話です
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ただ、ざまぁは期待しないでください
ウォルトとクレアは、二人の息子に恵まれた。
二人目の息子─リルム─の乳母はミクリナで、ジークとミクリナの息子とは一ヶ月違いの誕生だった。
ライアが聖女認定され早八年。
その間にウォルトは領地への顔見せも無事に終わり、侯爵の仕事も大部分を担うようになっていた。
クレアもほとんどの時間はウォルトといて、狙ってはいなかったが仲の良さを周りに見せつけていた。
ある日、聖騎士がビュアロード邸へとやってきた。
聖騎士が来たのはライアが逃走を謀ったとき以来で、ピリッとした緊張が走る。
しかし、聖騎士から出た言葉は意外なものだった。
「昨日、新たな聖女が認定されたため、聖女ライアは近日中に祈りの間から退室なされます」
当初の十年にはなっていないが、新たな聖女が認定されたため、ライアは残りの聖女としてのお務めは免除となった。
また、それに伴い各地の教会巡りも免除となったと言う。
クレア夫婦と両親は別に住んでいるし、この場合両親の住む侯爵邸へライアを迎えるのが正しいのだろう。
急いでライアの部屋を調えていると、王家から侯爵に呼び出しが来た。
今後のライアの処遇だろうと急ぎ城へと向かった侯爵は、国王陛下からライアを以前と同じように王家で部屋を与えると言われ、困惑して帰宅した。
国王としては、これからカーティスと結婚するライアを城で面倒を見るのは当然だという考えで、弟である王太子の仕事の手伝いを真面目にしているカーティスも、自分がライアの暴走を止めるストッパーになると覚悟していた。
翌日、祈りの間から出てきたライアは、人が変わったように穏やかだった。
入室当初は自分の境遇にイライラしていたようだが、ある日いつものように祝福の練習をしていると、弱いながらも祝福の光を出せるようになった。
その瞬間から、どうやったら祝福の光が沢山出せるのか、光の量によってどのような効果の違いがあるのか等に興味が湧き、日々研究するようになった。
そして、神への祈りが多く強いほど光は多く強く出ることがわかった。
ライアはそこまでわかると、誰かに祝福を与えたくてしかたがない。
そこで、ライアへ食事を持ってくるメイド相手に祝福を与えた。
元々腰痛持ちだったメイドは、ライアからの祝福以降嘘のように腰痛がなくなった。
その話はメイド達の口に乗り、メイド達は日替わりでライアへ食事を持っていくようになった。
メイドに祝福の光を与えると、毎回必ず感謝される。
最初は感謝されるということに優越感しかなかったライアだったが、いつしか祝福の光を与えることで誰かを助けられるということに満足するようになっていった。
毎日神への祈りは深くなる。
それに伴い使える祝福の光も強くなり、ライアはこうして誰かの助けになることにやりがいを感じ、天職だと考えるようになった。
ただ祝福の光は、次代の聖女が認定されると使えなくなる。
元聖女という肩書だけになるが、それでも何か助けられることはないだろうかと考え始めた頃、次代の聖女が認定されたこと、近いうちに祈りの間から退室することが手紙により知らされた。
ライアが祈りの間から出たのは八年ぶり。
正面には国王陛下とカーティスが並んでいた。
カーティスの隣には両親であるビュアロード侯爵夫妻。その隣にクレアとウォルトが立っていた。
国王陛下から労いの言葉をかけてもらったライアは、思わず落涙する。
聖女認定された時、深く考えもせず逃走を謀りかなりの迷惑をかけたはずだ。
あっけなく捕まって祈りの間に入室したため、その後の情報は何も入ってこなかった。
きっとカーティスとは婚約破棄となっているだろう。
自分がクレアの物をそして婚約者を欲しがったために、結局何も得ることはなかった。
迷惑をかけられたにも関わらずこうして出迎えに来てくれる家族やカーティスには、謝罪の言葉しかない。
そうだ、修道院に行こう。
修道院で神に仕え、迷惑をかけた人達に毎日懺悔をしよう。
ライアがそう考えていると、クレアから声がかかった。
「代々聖女にのみ伝えられる口伝があります。それは私がお教えしますが、ライアは以前と同様城に部屋を賜っております。本日はそちらへ」
「な、なぜ部屋を?もう婚約は破棄されたのでは」
「ライアは今でも私の婚約者だ。これから結婚に向けて話を進める」
「カーティス殿下。なぜ?」
「詳しくは城で話すとしよう。さあ、ライア、手をとって」
状況が全くわからないライアは、言われるがままカーティスの差し出した手をとる。
王家の馬車に乗り城で着替えを済ませた後、ライアはカーティスとクレアから八年前から今に至るまでの話を聞いた。
カーティスは廃太子されたことについても淡々と話したが、ライアは罪悪感で押しつぶされそうだった。
話が進むにつれ顔色が悪くなるライア。
そして、そんなライアを厳しい目で見ていた周りの目は、少しずつ優しさを含むものに変わっていった。
ライアは修道院へは行かず、孤児院での仕事をすることになった。
祈りの間で働くメイド達の聞き取りから、ライアは本当に反省していると判断されたためだった。
ライアは毎日、質素で動きやすい服装で街の孤児院へ行く。
城の裏口から、横殴りの雨の日も徒歩で通う。
馬車を出すと言ったカーティスの優しさにも、感謝を述べつつやんわりと断り、孤児院では子供達に愛情をもって接した。
危ないことや悪いことをしたら叱る。
しかし、良いことをした子はたっぷり褒める。
もちろん子供に理解できるように言葉を考えて伝える。
そんな様子だったので、孤児院で働く人達にも受け入れられるのは早かった。
ライアの仕事ぶりは、孤児院の院長から王家に伝えられている。
その情報は二人の立ち位置を変える一助となった。
カーティスが真面目に弟の手伝いをしていること、ライアの思慮深く真面目な仕事ぶりを見て、国王陛下は祈りの間から退室して半年後に控えていた結婚のタイミングでカーティスを公爵にすることを決めた。
カーティスもライアも他者を思いやることができるようになり、懲罰的な王家預りという立ち位置は不要と判断したためだった。
カーティスはこの知らせを受け、一度辞退した。
ライアの逃走は公表されていないし、ここまで結婚が延期となったのは聖女認定されたからと言われていたが、カーティスの廃太子については誰もが疑問を持っていた。
廃太子となった直後に公爵位を授からなかったのに、なぜ今頃と言われるだろう。場合によっては悪意のある噂を流されるのではないかと思ったカーティスは、自分が矢面に立つのは仕方がない、自分の判断の甘さがあったからだ、と思っていた。しかし、もし掘り下げられたらライアを悪意の面前に押し出すことになるのではないか、と不安に思って辞退したのだった。
しかし、貴族達は城内で弟へのカーティスの献身ぶりを見ているし、町民はライアのしっかりした仕事ぶりを見ている。悪く言う者はほとんどいないだろうし、もし出てきてもそこは甘んじて受けるように、なにより結婚のタイミングは臣籍降下の最後のチャンスだと国王陛下に説得され、ありがたく受けることにした。
カーティスとライアの結婚式は、厳かな雰囲気の中で無事終了した。
結婚後に発表された臣籍降下についても、どこからも不満などはなかった。
数カ月後。
ウォルトは、クレアとともに領地へと向かう馬車の中にいた。
前年にクレアの父が引退し、ウォルトがビュアロード侯爵となり、新侯爵として初めての領地入りだった。
既に領地では代替りの話は届いていて今回は挨拶回りのようなものだったが、ウォルトは新たな事業についての提案もするつもりだ。
ビュアロード侯爵領は特筆できる特産品はない。
しかしクレアの希望で、庶民でも通える学校を建てたことにより、ビュアロード侯爵領での識字率はここ数年で跳ね上がった。
読み書き計算ができると良い仕事に就けることを知った領民は、昼食を持参するだけで通えるこの学校に子供を入学させていた。
最近では他領でも同じような学校を建てており、それならば他領ではまだない騎士の養成校を新設しようと提案書を携えて来たのだった。
卒業生は街の警備隊に入ることもできるし、能力次第ではジークのように騎士団に入ることもできる。
魔法が使える庶民はほとんどいないが、もし使える生徒がいたら、魔法騎士への道も考えられる。
どちらもジークとウォルトが話を持ち込めるので、構想は立てやすかった。
領地へはジークとミクリナも同行していた。
これまで、クレアとウォルトは領地入りすると、必ず街の食堂で夕食を食べていた。
領民は領主夫妻とわかっているが、自分達と同じ物を食べる二人には好感を持っていて、邪魔をすることもなく受け入れていた。
今回はそこにジークとミクリナも入り、四人でエールを飲んでいる。
「はあ、やっぱりエールは美味しいわ」
王都では何度かこの四人は食堂で食事をしていた。しかし領地では初めてだった。
「ビュアロード侯爵領の料理も美味しいですね」
「これはこの地方の昔からの料理だって。俺も初めて食べた時は腰抜けるかと思った」
ジークが『はははっ』とミクリナに向けて笑う。この夫婦も仲良しだ。
眼の前で笑い合う二人を見て、クレアはこれまでのことを思い出していた。
「結局、うまいことおさまった感じよね」
「あー、あの二人か?」
「あっちだけじゃなくて私達も。次代の聖女が認定されて、聖女の仕事が終わってから、私は仲間とエールを飲みたいっていうのが一番だったけど、ライアは奉仕活動だったわね。祈りの間で何を考えたのかはわからないけど、凄く立派な聖女だわ、あの子」
「カーティスの運命は大きく変えられたけどな」
「でも、あのまま殿下が王太子でいたら、あまり良くなかったかもしれない。誰かの傀儡になっていた気がする」
「ありえるな」
「結局、神の手のひらの上なのかもね、私達は」
「皆が幸せならそれで良いさ」
「それもそうね。じゃあこれからのビュアロード侯爵領の発展を祈願して乾杯!」
「乾杯!」
高々と掲げられたジョッキの中で、エールの気泡がキラキラと光った。
それは祝福の光のようで、これからのクレア達に祝福を与えているようだった。
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