聖女認定
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ウォルトは結婚式から一週間、結婚休暇をもらっていた。
ウォルトはこの一週間、片思いの二年間と結婚が決まってからの半年分の思いをクレアにぶつけた。
その結果、クレアは夫婦の寝室から出るのは浴室とトイレだけという生活になった。
しかも浴室もトイレも夫婦の寝室からは続き扉で行けるため、廊下へは一歩も出ず、使用人達がクレアの顔を確認できたのは結婚休暇明けとなった。
食事はウォルトの部屋に置かれた物を、ウォルトが続き扉から夫婦の寝室へと持ち込み、ウォルト手ずから甲斐甲斐しくクレアに食べさせ、湯浴みもクレアを抱き上げ連れて行き、自分も入浴しながら世話をする。
トイレはさすがにクレアは自力で行ったが、とにかくこんなに世話焼きだったかと驚くほど、全てにおいてクレアの世話をしたがった。
護衛と護衛対象との関係の時も、濡れた髪を乾かしてくれることはあったが、夫婦となったことで遠慮なく構いたおしてくるウォルトに、最初は困惑していたクレアも日を追うごとに慣れ、世話好きなんだなと思うようになっていた。
結婚休暇明けからは一般的な貴族の夫婦のように、食事は食堂で食べ、湯浴みもメイドが世話をする毎日になったが、ウォルトが休みの日は結婚休暇と同じ生活をしていた。
使用人達もそれが当然のように慣れ、ただ微笑ましく見ている。
そんな生活だったためか三ヶ月後にはクレアの妊娠がわかり、ビュアロード侯爵家は幸福の真っ只中にあった。
クレアの妊娠中にウォルトは魔法騎士団を退団し、侯爵の仕事を少しずつ教えてもらっている。
今まで領地経営などの勉強はしたことがなかったウォルトだが、覚えも早く数字にも強かった。
ビュアロード侯爵は早く領地へ連れて行って、領地を見廻りながらの引き継ぎもしたかったが、この年は第二王子の結婚やそれに伴う夜会、そして何よりクレアの出産が控えていたため、領地へ行くのはクレアの出産後に延期を決めていた。
クレアの妊娠中、ライアが何度か帰って来たが、ウォルトに手を出すのは王太子妃になってからと決めたせいか、これといって何か仕掛けることもなく、平和に毎日が過ぎていった。
出産予定日の三日前。
突然クレアは破水した。
もうすぐ出産だから、とウォルトは常にクレアのそばにいて、日課としていた散歩に行こうか、と立ち上がった時にクレアの、『あ』と言う小さな声に気がつき、急いで医師を手配した。
ウォルトはとても心配していたが、初産であるにもかかわらず経過は早く、その日の夜には長男が誕生した。
母子ともに健康である、と出産後の診察で太鼓判を押され、ウォルトのみならずビュアロード侯爵家全体に安堵感が広がった。
子供の名前はジョルノとつけられ、ビュアロード侯爵家の笑顔の中心となっていた。
クレアには出産前に新しく侍女がつけられていた。
ミクリナという名で、元々は子爵家の次女。
今はジークの妻でクレアの出産前に騎士団を退団し、クレアの侍女になっていた。
クレアが妊娠中だったため、まだミクリナを交えてエールを飲んだことはなかったが、優しくよく気がつく女性で、ジョルノの教育担当になってもらおうか、とも話が出ていた。
ジョルノが生まれて一年後、ライアが学園を卒業した。
これより三ヶ月後に結婚式が執り行われる。
王太子の結婚ということで隣国からも王族が招かれ、大きな式を予定している。
ライアの機嫌は毎日良い。
やっとこの日を迎えられると喜びに溢れ、結婚式の一ヶ月前にある聖女の認定式のことは眼中になかった。
そもそも、十二歳から昨年まで全く認定されてこなかったのだから、もうないだろうという認識だった。
だから軽い気持ちで認定式で祈りを捧げたのに、キラキラと光に覆われるとは思ってもみなかった。
周りに居た聖職者は口々に、『聖女様と認定されました。おめでとうございます』と言ってくるが、ライアにとっては悪夢としか思えなかった。
それは同じように、ただ付き添いで来たつもりのカーティスにとっても同じだった。
この時二十二歳だったカーティス。
これからライアが祈りの間に入り、その後各地の教会巡りを二年すると二十九歳になる。
ライアはその時二十五歳だ。一ヶ月後には誕生日を迎えるから二十六歳と言っても良い。
最短で次代の聖女が認定される場合でも、そこまで待つことになる。
しかも、その最短の期間中に次代の聖女が認定されるかは不確定だ。
次代の聖女が認定されなければ、聖女が出てくるまでライアが聖女として生活しなくてはいけない。
当然結婚など無理。聖女は酒も男も許されていないからだ。
尚、聖女と認定されたこの時から既に神に祈りを捧げる立場のため、逃げたり慌てて結婚するのは違法と決められていて、見つかり次第即座に祈りの間に連れて行かれ、通常の倍の十年間祈りの間で祈り続けることになる。
カーティスに従ってきた侍従は騎士の一人を城へと走らせ、国王にライアが聖女に認定されたことを伝えさせた。
国王は執務室でその一報を受け、あまりの衝撃にペン先からインクが垂れたことにも気がつかず、書類を一枚だめにした。
国王は何かの間違いであって欲しいと願いながら、カーティスの帰りを待った。
カーティスが戻ったのはそれから三十分後。
国王はすぐに国王の執務室にやってきたカーティスの顔を見て、ライアが聖女に認定されたのは事実だったと諦めた。
現在、ライアは聖女としての仕事の内容や生活についての説明を受けているから先に戻った、とカーティスは言い、これからのことについて早急に決めなくてはいけないと頭を抱えた。
まずは結婚式に参列する隣国へ早馬を出す。
王太子の婚約者が聖女に認定された、と知られれば、結婚式延期やむなしと受け入れられるだろう。
宰相も交えての話し合いの最中、至急だと聖騎士が面会を求めてきた。
聖騎士は教会で聖職者を守るためにいるはずで、王城には用事はないはず。
皆嫌な予感を感じ取りながら、謁見の間で面会することにした。
お決まりの挨拶を交わした後、聖騎士は驚愕の言葉を発した。
「本日、聖女と認定されましたライア・ビュアロード侯爵令嬢は、聖女としての任務を放棄せんと逃走を計ったため、現在既に祈りの間へと入室されました。尚、これにより祈りの間での奉仕は十年間となります。ビュアロード侯爵家にも使いは出しましたが、殿下の婚約者であられるため、王家にもご連絡することとなり参った次第です」
嫌な予感というものは当たるものだな、と国王は乾いた笑いしか出ない。
宰相から『了承した』と言われた聖騎士が退室してから、すぐにライアとカーティスの処遇が決まった。
カーティスはライアの奉仕が終わり次第結婚。他の令嬢との結婚は許可しない。さらにカーティスを廃太子とし、王太子は第二王子を立てる。
結婚後の二人の身分は王家預りとする。
カーティスの婚約者をクレアから妹のライアへと変更した時、多くの貴族から疑問の声が出た。
その時、聖女の期間が不特定なため、王太子妃は難しいと理由をつけて変更を納得させていた。
今回、その理由を無視するわけにはいかない。
しかしカーティス自身が、ライアは運命の人だと触れ回っていたため、二人の婚約を解消すると国民からの王家に対する好感度が下がってしまう。もしかするとかなり反発されるかもしれない。
婚約者を代えるより、二人には結婚してもらった方が良い。しかし、資質という点でライアは落第だと判断した。それにより、引きずられるように廃太子との決定がされたわけだ。
ただ、二人を野放しにするのも不安ではある。
よって身分は王家預りとし、客のような扱いをすることになった。
社交の場へ出ることもなく、飼い殺し状態。
それでも生活には不自由しないのだから、優しい着地点であると思われた。
カーティスは一人、部屋で頭を抱えていた。
ライアの甘言など無視していたら、今頃はあの美しいクレアと結婚していたし、廃太子なんてされなかった。
百歩譲ってライアが聖女認定されても、逃げ出さなければトータル七年で済んだのではないだろうかとも思う。
ライアさえいなかったら、ずっとクレアと婚約していたら、と頭の中ではグルグルと同じことしか考えられない。
しかし翌日、父である国王から、『全てはお前が選んだことから繋がっている』と諭され、軽い気持ちで婚約者の変更をしてしまった自分がいけなかったのだ、とやっと理解した。
王室預りとなると、愛妾や側室などは許されない。
ライアと結婚するしかないのだな、とカーティスは悟った。
しかし、果たしてライアの聖女としての生活がトータル十二年で終わるのか、誰にもわからない。
カーティスはこれから先は弟の王太子を陰で支え、静かに生きていこうと心に決めた。
ライアが聖女に認定されたこと、その後逃走を計ったことは、ビュアロード家にも衝撃だった。
まさか、と思っていた聖女認定、しかもその後逃走までしでかすとは誰もが想像していなかった。
過去に一度も逃走を企てた聖女はいなかった。
それはやはり五年と十年ではかなり違うため、天秤にかけると逃走は選択肢からなくなるからだった。
逃走を計ったため、最短でも聖女を十二年務めることになったライアは、既に祈りの間に入室している。
クレアが入室していた時に、自分の両親がクレアの心配をしていたのを見ていたはずなのに、いったい逃走してどうするつもりだったのか。
ビュアロード家が困惑で包まれていた時に、王家から書簡が届いた。
それは先程決定した話の他、ビュアロード家はお咎め無しと書かれていた。
王命でライアが婚約者となり、婚約者となってからは王城で生活していたのでその点を考慮されたらしい。
ビュアロード家にとっては不幸中の幸いだった。
次話は明日8時に投稿します
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