ジークの決意
お読みいただきありがとうございます
文中、『諫める』を使っていた箇所がありましたが、意味合いが違うかもと教えていただき、変更しました。
この場を借りてお礼申し上げます。
クレアとウォルトが婚約したことから、てっきりライアはもうウォルトを狙わないだろうと思っていた。
しかしライアは、何度か魔法騎士団の訓練を視察名目で見に来て、『ウォルト・ランドルクはどこかしら?』と毎回探していたらしい。
らしい、で済んでいるのは、視察名目なので事前に連絡が各部署に届き、気を回した団長がウォルトを街の警備隊の指導として送り込んで逃がしていたからだった。
最初こそ団長がライアの相手をしたそうだが、二回目からは秘書官に任せた。
この秘書官。ガッチガチの理論武装で相手をやり込めるのがストレス発散方法で、ライアが苦手としているタイプだった。
両手で口元を隠し、『あっ、忙しいのにご迷惑でしたよね』と瞳を潤ませると、ヘラヘラと優しくしてくるような男を得意としていたライアは、『そうですね。頻度が高いですね。他もご覧になったほうがよろしいですよ』とニコリともせず言ってのける秘書官が三回連続でついた時から、魔法師団に行くことを止めた。
ウォルトと団長が秘書官に礼を言うと、『あの程度で逃げるなんて、王族になるならもっとヒリヒリする場面も多かろうに、資質が問われるな』と言い、意図せず尊敬された兵だった。
ウォルトの周りを徹底してライアから護衛したため、結局ライアは二人の結婚前にウォルトを手に入れることはできなかった。
ウォルトが結婚して半年後に魔法騎士団を辞めることは、団長と国王陛下以外には秘されていたため、ライアは自分が王太子妃になったら護衛として指名しようと一旦引いたということをライア付きのメイド経由で王妃が知り、侯爵夫人と国王陛下へと伝えられた。
ビュアロード侯爵夫妻は、クレアに対してのライアの態度を何度も注意したがライアの態度が改まることはなく、ライアを甘やかせ過ぎたか、とクレアに負い目を感じていた。せめて新居では嫌な思いをしなくて済むように、と新居の執事と侍女長は応酬話法が得意な者をつけるように手配した。
クレアに対して負い目を感じているのは王家も同じで、こちらはウォルトに護衛仕事に関して『永年免除特権』を与えた。
要は、王家が望んでも護衛仕事はしなくて良し、という特権だ。
国王陛下はカーティス王太子から、『クレアは聖女の期間が長い可能性があるから、婚約者を変更したい』と言われた時、確かにそろそろそういうことになるかもしれない、と思い、渋るビュアロード侯爵家に対して王命を出し、妹のライアに変更してしまった。
しかしクレアの次の聖女はあっさりと見つかった。
本来ならばカーティスとクレアはもう結婚していたかもしれない。しかし妹に変更したため、あと二年以上結婚を待つことになった。
来年はカーティスの弟の第二王子が婚約者と結婚することが決まっている。
弟の方が先を行く形で、しかも王子妃教育を受けている婚約者の資質が素晴らしいと教育担当から報告があがっている。
王太子妃教育を受けながらも姉の婚約者を追いかけるライアより、第二王子の婚約者の方が優れていると、国王陛下は苦々しくライアを見ていた。
クレアは優しく勤勉な娘だったな、と婚約者を変更したことを後悔していると王妃へ言ったことから、護衛仕事の『永年免除特権』を授けたらどうかと提案され、ウォルトの腕は勿体ないがクレアに対する慰謝を込めてこの特権を与えることになった。
国王陛下が苦々しく見ていたのはライアだけではない。
祈りの間から出てきたクレアを見た途端、婚約者をもう一度クレアにして欲しいと言い出したカーティスに対してもだった。
国王陛下は祈りの間から出てきたばかりのクレアは見ていなかったが、その後各地の教会巡りをする挨拶に来た時に会った。
十二歳で聖女に認定され、祈りの間へ入って五年。少女はとても美しく清らかな女性へと成長していた。
「クレアが婚約者のままだったら安泰だったか」
今となっては叶わない事を嘆いては、現状で最善を尽くそうと思う国王陛下だった。
クレアとウォルトの結婚式は雲一つない青空で、さすが聖女は神に愛されている、と人々が口々に言っていた頃、二人は教会へと到着した。
そばにはジークも侍っており、いよいよこれから新生活をスタートさせるという気概が感じられた。
クレアは、母が人気のデザイナーに依頼し、レースや刺繍が贅沢に施された美しいウェディングドレスを身にまとい、控室で時間が来るのを静かに待っていた。
少し前にはライアも控室にやって来たが、何かしでかすといけない、と心配した父により式場へと移動させられていた。
ウォルトの控室の前には、魔法騎士団のあの秘書官が立っていて、ライアが近づかないように睨みを利かせている。
ライアはウォルトの控室へ入り込むことを断念し、親族席である最前列に大人しく座った。
しばらくすると、ウォルトがやって来て所定の場所に立つ。
そこはライアからはとても近くて、久しぶりにウォルトを見たライアは、『やっぱり素敵だわ』と心の中で狂喜していた。
近い将来、自分の護衛としてそばに立つウォルト。
そう疑っていないライアは、どうやって堕とそうかと考える。
夜の護衛の時に部屋へ誘おうか。
ああ、カーティスが公務中の昼下がりというのも背徳的。
ウォルトをウットリと見つめるライアを、ウォルトは全く気にしていなかった。
もうすぐクレアが入場する。
ウェディングドレスは当日まで秘密だと言われ、ヒントすら教えてもらえなかった。
クレアだから絶対に美しい。
その美しいクレアを見て自分が呆けてしまわないか。
事前に教えてもらった順序を忘れてしまわないか。
ウォルトはクレアの入場を心待ちにしながら、頭の中で手順を何度も思い返していた。
時間となり父と入場したクレアは、体全体で幸福を感じさせているウォルトを見て、思わずフワリと笑んだ。
その表情を見たウォルトは眩しそうに目を細める。
ヴェール越しに見えたのかしら、と不思議だったが、ウォルトには見えるかもしれないとクレアは思った。
お互いがお互いしか見えず、その様子は参列者にも幸せを分け与える。
美しい二人の式の模様は姿絵として街で売られ、平民も貴族も買い求め飛ぶように売れた。
式後の夜会では、ウォルトもクレアも言祝をありがたく受けている。
そばにジークが控えているが、侍従としての勉強を始めたばかりのジークは、この場ではどちらかというと護衛的な立ち位置だ。
しかしライアが欠席のため、少し気楽だ。
ライアは結婚式のあと、すぐに城へと戻って行った。
王太子妃教育が思うように進まないから王妃が直々に教えてくれる、という建前でライアとウォルトの接点を無くそうという侯爵夫人及び王妃の考えで、呼び戻されていたのだった。
「お前達、周りが見えてないだろ?」
ジークがそっと二人に話しかける。
やっと沢山の貴族からの挨拶が終わり、そろそろクレアが下がろうかという頃で、ウォルトとクレアは何を言っているのかとジークを見る。
「周りが見えなくなるほど幸せなのは良いことさ。あーあ、俺も結婚したいな」
「相手はいるの?」
「今はまだ決めてない」
「それって、複数の候補がいるってこと?」
「騎士爵を持っている平民あがりはモテるんだぜ」
「ほどほどにしろよ」
「ああ、ビュアロード侯爵家に迷惑かけないようにするさ」
話の最中にメイドがクレアに、『そろそろお時間です』と下がる時間だと教えに来た。
それに頷き歩き出したクレアは、あ、と後ろを振り返り、『一緒にエールを飲めるような女の子を選んでね』とジークへ言い残し立ち去った。
「平民がいいんかな」
「騎士でもいるだろ?同僚にいなかったか?」
「いや、いたな」
「クレアはお前の嫁とも仲良くしたいってことなんだろうな。気の良い娘を選べよ」
「わかってるさ」
複数の交際を仄めかしたジークだが、実際は心に決めた娘はいた。
相手は同僚の女騎士。
剣の腕も素晴らしいが、状況分析及び判断力も能力が高く騎士団では、結婚し妊娠したら秘書官にと請われていた。
その同僚と交際を始めたのは四ヶ月前。
ジークは交際を始めてすぐに、退団とビュアロード侯爵家で働くことを話している。
ジーク自身としてはこの時既に結婚は考えていた。しかし、同僚は子爵家の次女であったため、騎士爵の自分では身分が釣り合わないと二の足を踏んでいた。
そして間が悪いことに、三週間前から同僚は西の辺境の地へ応援部隊として赴任してしまった。
貴族の身分さえあれば、と項垂れたジークの元に、つい先日王家から男爵を叙爵すると通知が来た。
ウォルトに永年免除特権を与えたのに、もう一人の護衛に何も褒美がないのはよろしくないと、領地はないが男爵位と報奨金を与えるとの決定が下されたらしい。
もう少し早ければとの思いはあるが、貴族の仲間入りは果たすことになる。子爵より下ではあるが、もしかすると結婚してもらえるかもしれない。
ジークはそんなことを頭の片隅に置きながら、今日のウォルトとクレアを見ていた。
そして幸せそうな二人を見て、自分のするべきことを考える。
領地がない男爵だから苦労をかけるかもしれない。それでも指を咥えて同僚が他の男へ嫁ぐのを見るより、当たって砕けた方が諦めもつく。
近いうちに休みをもらい西の辺境の地へ行ってこようと、ジークは決意を固めた。
次話は明日8時に投稿します
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