表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

聖女の帰還

お読みいただきありがとうございます


「なにが"ライアは王太子妃として、クレアは聖女としてこの国への献身を望む"よ。結局まだあの二人は結婚してないじゃない」

「妹、まだ十六歳だもんな。十八歳じゃないと、この国では結婚できないし。まあそんなもん、最初からわかってる話なんだけどな。目先のガラス玉を拾い上げて、純度の高い宝石を持てなかった殿下の落ち度だな。ああ、でも運命の愛なら仕方ないか」


 魔法騎士のウォルトが串焼きにかぶりつき、呆れたように言う。

 人に聞かれたら王族に対する不敬と咎められる話も、ウォルトによって部屋に防音の魔法がかけられているので言いたい放題だ。

 ちなみに三人の見た目も、髪の色を変えたり太って見せたりという幻影がかけられている。


「それなのにまたクレアを婚約者にしようと画策するなんて、馬鹿じゃねぇかな」


 騎士のジークは、元々平民。

 剣術の腕を買われて、街の治安部隊から騎士へと抜擢された異例の人だ。

 いつもは寡黙だが、それは口を開くと無礼な物言いしかできないからだった。

 この、白黒はっきりした性格の二人と二年も一緒にいたせいか、クレアも貴族令嬢らしからぬ思考と口調になった。


 二年前、先代聖女のオランジュの家に招かれて、聖女として覚えておくことを教えてもらった。

 祈りの間から出た聖女は、次の聖女が認定されるまでは聖女の仕事をしなくてはいけないが、言い換えれば次代の聖女が見つかれば酒も男も解禁だという。

 オランジュは国内の教会を回っている最中に、クレアが聖女に認定されたので、全ての教会を訪問し終え王都へ戻ると、すぐに婚約者だったグルネージュ子爵と結婚した。

 オランジュからは、『クレア様のおかげで、とても幸せです』と感謝された。

 その時のクレアは、『そんなものなのかな』という程度の感想だったが、クレアが国内の教会を回り始めてすぐに、次代の聖女が見つかったと聞いた時は思わず、『よし!』と喜んでしまった。

 ウォルトとジークが夕食時に飲んでいるお酒。

 クレアはそれに興味があった。

 グビグビと喉を鳴らして美味しそうに飲む二人を、クレアはただ指をくわえて見ているだけだったから、聖女認定の情報はイコール酒解禁でその日の夕食時には二人から『酒の飲み方』をレクチャーしてもらった。


「いいか、ただ飲めば良いんじゃないぞ。酒とは付き合いだ。退き際の見極めが肝心だぞ」


 白ワイン赤ワインシャンパンなど、最初は貴族が飲むようなお酒で二人の指導を受けていたが、そのうちエールなど庶民のお酒にも手が伸びて、今ではすっかりエール好きになった。

 

 あれから二年かぁ、とクレアは思い返していた。

 

 祈りの間を出たあの日はグルネージュ子爵家に一泊し、翌日ビュアロード侯爵家へ帰るとカーティス殿下がいた。婚約者のライアに会いに来たのだと思って、クレアは挨拶をして部屋へ下がろうとした。

 しかし、殿下はしつこくクレアに話しかけ、殿下にくっついていたライアに自室へ戻れと言い出したあたりで、これはおかしいと思ったクレアは、祈りの間から出てきたばかりで体調が悪いと誤魔化して退室した。

 すぐに父の執務室へ向かい状況を話すと、昨日のうちに殿下から、ライアとの婚約を解消しクレアとの再婚約を望む、と話をされたと教えられた。

 もっとも、これに関しては国王が勝手は許さないと言っているので、クレアは心配しなくていいとも言われ安心した。

 しかし、侯爵家にいてもライアから睨まれて居心地が悪いので、クレアは教会を回る日程を早めて出発することにした。

 国王はクレアに対して謝意をしめし、せめて護衛は腕の立つ者を、と剣術の腕前なら片手に入ると言われていた当時二十三歳のジークと、あらゆる魔法を使いこなせ、剣の腕も確かな当時二十一歳のウォルトの二人を護衛につけた。

 教会回りを始めて三ヶ月後、新聖女が認定されたと発表され、そこからクレアは酒を覚えた。

 二人が目を光らせているので、翌日に影響するような飲み方はしない。

 それでも酔うとおしゃべりになる質のようで、カーティス殿下をこき下ろす悪口大会になるまではあっという間だった。

 毎回殿下の悪口ではないが、とにかくこの三人は気が合うらしく話題は毎日尽きないし、何より楽しい。

 こんなに楽しいのは初めてだ、とクレアは思うとともに、これも今夜限りかと寂しくもある。


「クレア、どうした?」


 クレアがしんみりしていると、ジークがすかさず声をかける。


「うん。こんなに楽しく毎日が送れたのは、二人のおかげだなって。ありがとう。ふふっ、でも寂しいね」

「俺は貴族じゃないけどウォルトは伯爵令息だろ?クレアは侯爵令嬢だし、お前達は接点あるんじゃねえか?」

「どうだろう。俺は魔法騎士になってからは、舞踏会も避けているからな。跡継ぎの兄が出ていれば、とりあえず伯爵家の責任は果たしているから」

「私はたぶん、これから婚約者探しをすることになるから、舞踏会とか社交には出なくちゃいけないんだろうな」

「明日、侯爵家に帰ったら、釣書が山になっているだろうよ」

「お父様は次の婚約者はお前が決めなさいって言ってくださったから、とりあえず全部見ないといけないね」


 二年前も毎日送られてきていた釣書を思い出し、うへぇとうんざりしたような顔をする。

 それを見たジークは、いっそのこと、と何かを提案しかけて口を閉ざす。


「なあに?ジーク、途中で止めると気になるね」

「まったくだ。どうせなら最後まで言えよ」

「そうか?じゃあ言うけど、お前達二人が結婚すればいいんじゃねぇ?で、俺のこと護衛で雇ってくれよ」


 突拍子もない話に、二人は目を丸くする。

 しかし、すぐに口を開いたのはウォルトだった。


「俺は伯爵家の二男で、跡取りは兄がいる。クレアは侯爵家で婿取り。俺が婿に入ればいいってことか。なるほど、俺には旨味しかないな」


 顎に手をあて、うんうんとうなずくウォルトに、ジークは得意げに続ける。


「だろう?貴族は惚れあった者同士が結婚するのは稀だと言うし、だったらせめて友情とか共に旅をしてきた仲間の情とかある方が、幸せなんじゃないか?」


 クレアは考えた。

 確かにこれから婚約した場合、一年後には結婚だろう。相手のことなどあまり知ることもなく、婚約したからというだけで結婚だ。

 それは一か八かの大博打だと思う。

 数週間前に立ち寄った街で、賭博場へ幻影を施して三人で遊びに行ったが、クレアは一人だけ一度も勝てなかった。

 お前もう博打は止めとけ、と二人に笑われたことを思い出し、結婚という博打を打つのだから、どうせならリスクの少ないほうがいいと思う。

 ウォルトの顔をじっと見たクレアは、『ありだな』とつぶやく。

 美しい顔立ちなのにしっかりとした体格。魔法はきっと国で一番の使い手。

 そしてなにより、これから毎日一緒に美味しいものを食べ、旨い酒を飲んで笑い合うならウォルトがいいと思う。

 

「ウォルト、ビュアロード侯爵家に釣書送るように」

「お?マジか。俺も雇ってくれるか?」

「もちろん。侍従の教育をしましょう。その方が勝手が良い」

「よし。明日帰ったらすぐに動こうぜ」

「ああ、そうだな。でも、本当に俺でいいのか?クレア」

「うん。最善だと思う」

「最善って、身も蓋もねぇ言い方だが、クレアの気が変わらないうちに進めとけよ、ウォルト」

「ああ、そうする」


 軽口のつもりで賛同したのに、意外なことにそれに乗ったクレアに驚くウォルト。

 しかし、ウォルトは内心舞い上がっていた。

 聖女の護衛候補として、祈りの間から出てくる場に立ち会っていたウォルトは、ひと目見た時から恋に落ちていた。

 既にライアが王太子の婚約者と知れ渡っていたので、クレアは争奪戦になるだろう。

 そう思って父は釣書を当日にはビュアロード侯爵家へと届けていた。

 しかし、どの貴族も考えることは同じようで、あちこちから直後に釣書が届いたと聞き、ウォルトは諦めかけていた。

 そこへ護衛をするように、と国王陛下から命じられ、これをチャンスとみたウォルトは、どこかに口説く隙はないかと見ていたが、ちょっと甘い言葉を言った程度ではクレアには全く響かない。

 後でジークに笑われて終わりだった。

 二年もあったのに。時間だけはあったのに。

 落ち込みながらも最後の夜を楽しもうとしていたら、ジークの言葉から好転していく。

 きっとジークなりの援護射撃だったのだろう。

 それがわかるだけに、今度ばかりは成功させなくてはとウォルトは決意した。


「クレア、明日釣書をビュアロード侯爵家へ届けるけど、クレアからも侯爵へ言っておいてくれよ」

「うん、わかった。もう決めたって言えばいいよね」

「ああ、それと侍従の話もな」

「うん。ウォルト付きの侍従をつけたいって言っておく。でもさ、決めたのなら釣書っていらなくない?」

「どうなんだろう。一応届ける。ただ、やっぱりクレアの言葉が大きいかもな」

「わかった。うわあ、楽しみになってきた」


 五年間誰とも会話をすることなく過ごしてきたクレアは、その後二年間、会話がマナーも気にしない二人だったので、いくら婿養子を取る立場といえど、今後は貴族令嬢としての言葉遣いは気になるところだった。

 しかし、夫がウォルトで夫の侍従がジークなら気にすることはなさそうだ。

 それだけでもクレアは気が楽になる。

 さっきまで王都へ帰るのは寂しかったが、今ではやることができたとワクワクしている。

 明日は早く出発するから、とワクワクした気持ちのまま宿屋へ帰り、あっさりと夢の中へ落ちていった。


 

 王都へ帰り、まず教会で帰還式がある。

 クレアもウォルトもジークも、皆余所行きの顔で言葉遣いもそれらしく司祭へ挨拶をした。

 司祭の近くには国王陛下とカーティス殿下。

 カーティス殿下に上から下まで舐めるように見られたクレアは、殿下に対して嫌悪感しかない。

 こういう嫌なことがあったときは、いつもエールを飲みながらウォルトとジークと馬鹿話をする。

 しかし今夜はそれぞれの家に戻っていく。

 ああ、早く結婚しないと精神衛生上よくないわ、とクレアはさっさと父へ話そうと決意した。




次話はすぐに投稿します

お読みいただけると嬉しいです

よろしくお願いします



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ