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聖女の仕事は無事終了


よろしくお願いします





 十七歳のクレア・ビュアロードは、ビュアロード侯爵家の長女として生まれた。

 三歳下に妹のライアがいる。

 クレアの記憶では、他に弟妹はいない。

 記憶では、という曖昧な言い方なのは、クレアが家族と会うのは五年ぶりのことだから。


 神殿の祈りの間から五年ぶりに出てきたクレアの目の前に、金髪碧眼の若い男性の腕にしがみつき、『ごめんなさい、お姉様』と震えている娘がいる。

 お姉様、ということはこの娘は妹のライアだろうとあたりをつける。

 隣の男は誰だ、と視線を送ると、その金髪碧眼は一瞬視線を泳がせたが、すぐに気合を入れた声色でクレアに告げた。


「クレア・ビュアロード侯爵令嬢。長きにわたる神への祈りご苦労だった。そしてこれから二年間、国内各地にある教会にて祈りを捧げる奉仕。よろしく頼む。なお、クレアは聖女に認定される前は我が婚約者であったが、聖女としての仕事を鑑みると王太子妃は難しいと判断され、婚約は解消。私の婚約者はライア・ビュアロードとなった。ライアは王太子妃として、クレアは聖女としてこの国への献身を望む」


 クレアの婚約者だったとのことだから、この人はカーティス・ワイルダー王太子なんだろう。

 クレアは二人を交互に見て、『大きくなったなぁ』と見当違いな感想をもった。

 とにかく五年ぶりだ。成長期の五年はとんでもないな、とクレアは思う。

 自分は十七歳だから、ライアは十四歳に、カーティス王太子は十八歳になったはず。

 二人はクレアの記憶の中ではまだ小さく、カーティス王太子にいたっては変声期前だった。

 しっかりとした男性の声で朗々と言われても、それが誰なのか理解するのが追いつかなかった。

 

 他人との会話は、祈りの間に入って最初の半年、教典について教えてくれた教師が最後だ。

 身の回りの世話をするメイド達も無言だった。

 五年ぶり。マナーも何もかもおぼろげだ。


「聖女クレア・ビュアロード、何か申すことがあれば述べてみよ」


 ああ、会話だ。何か言わなくては。

 クレアはコホン、と軽く咳払いをし、確かこんな感じだったな、と頭の中でホコリを被っていたマナーの記憶を引っ張り出してカーテシーをする。


「ご無沙汰しております。婚約解消の件、承りました。そして妹、ライア・ビュアロードとのご婚約おめでとうございます。どうぞお二人の行く末に光が溢れますように」


 クレアが両手を伸ばし、掌を上に向ける。

 するとライアとカーティス王太子の周りに、キラキラとした光が舞った。


"光が少なかった。祈りが足りなかったかな"


 クレアはやり直そうとしたが、祝福は一度と決まっている。

 王太子達の近くには二十人以上の人がいるが、皆あっけにとられた顔をして何も言わない。

 苦情もないからこれでいいか、とクレアは心の中で一人、終了宣言をした。


 さて、このあとは司祭様から今後の話があるはずだ、とクレアはゆっくりと周りを見る。

 昨夜届けられた紙に、『王族ご挨拶の後、司祭より説明』と書いてあった。

 祈りの間から出ていきなり、『ごめんなさい、お姉様』だったから、始まっていたことに気が付かなかったけど、次は説明のはずだ。クレアは司祭はどこだろう、と顔も知らない司祭を探す。

 団体の真ん中にいる王太子の右側に視線を送ると両親がいた。父は口をぐっと結んで大きく頷いているし、母は流れる涙を拭いもせずに、感激したようにクレアを見ていた。

 懐かしいなぁ、とクレアはふっと笑顔になったが、司祭を探すのが先だとまた視線を移動させる。

 すると左の方から、『本日は私が聖女の仕事についてご説明いたしますわ』と女性が一歩進み出た。

 ああ、この人は知っている。先代の聖女だ。

 クレアは先代の聖女に体を向けて、カーテシーをした。


「クレア・ビュアロードでございます。ご無沙汰しております、オランジュ聖女様」

「クレア様、五年間ありがとうございました。クレア様が祈り続けてくださったおかげで、ワイルダー国はとても穏やかでした。早速ではございますが、今後の聖女としての仕事と役割について、歴代聖女にのみ知ることを許される口伝がございます。そちらを我が家でお伝えしたく存じます」

「承知いたしました。では──」

「我が家の馬車にお乗りくださいませ。このままご案内いたします」

「ありがとうございます。ではそのように」


 司祭からの説明のはずだが、先代の聖女に代わったのか、とクレアは考え、言われた通りに先代の聖女オランジュの元へと歩き出した。

 


 ワイルダー国には、数年毎に聖女が選定される。

 毎年十二歳から二十歳の未婚の貴族令嬢が神殿にて祈りを捧げるが、その時に体の周りに光が舞った令嬢は聖女と認定され、数日以内に神殿の三階にある『祈りの間』に入室する。

 神殿の三階には祈りの間の扉が一つ。祈りの間には、祈りを捧げる祭壇の他、続き部屋にトイレや簡易キッチンそして浴室もある。

 聖女は入室から五年間、部屋を出ることを禁じられ、ただひたすら神へ祈りを捧げる。

 身の回りのことや食事はメイドがきちんと世話をしてくれるが、基本的に会話はない。

 聖女は神との会話のみ発声を許されているからで、今回のように何か知らせたいことがある場合は、紙に書いてやり取りする。

 聖女が神に祈りを捧げている時は、基本的に一人きり。

 教典を音読して国の豊穣を神へ祈ったり、隣国との諍いを紙で知らされると、国民の無事を祈ったりする。

 そんな五年間だったので、クレアは本当に久しぶりの会話だった。

 一応聖女に認定される前は王太子の婚約者だったので、マナーや学問は叩き込まれている。

 使うことがなかっただけで、カーテシーの角度などはすぐに思い出した。

 ただ、やはり五年間も外界の情報がなかったので、はっきり言って他国へ来た感じだ。

 馬車で正面に座る先代の聖女オランジュも、結婚しているのか独身なのか、結婚しているなら爵位は何か、など何もわからない。

 聞いてもいいのだろうか。クレアがもじもじしていると、自分の経験から察知したのか、オランジュがクレアに優しく話しかけた。


「クレア様、遅れましたが私はオランジュ・グルネージュと申します。グルネージュ子爵と結婚いたしまして、現在は二歳の息子がおります」

「グルネージュ子爵夫人ですか」

「はい。私もクレア様と同じく十二歳で聖女となり、五年間祈りの間にお務めし、二年間各地の教会をまわりました。私の場合は幸運にも婚約者が子爵という低位であったことから、待っていただけたことで結婚することができました。ただ、クレア様の場合は、お相手が王太子殿下で、周りが早く結婚して世継ぎをとせっついていたことから、二年前に婚約者を変更することになったと聞いております」


 クレアは、随分前に解消されていたのねと思ったが、王太子にはこれといって特別な感情はなかったのでそれだけだった。

 しかし、オランジュは沸々と怒りが湧いてくるようで、ゆったりとした口調ながらも少しずつ怒りを言葉に乗せる。


「クレア様が全てのお務めを終えても十九歳で、それから結婚しても遅くはないはずなのに、ライア様はカーティス殿下にご自身を売り込んで、あ、いえ、アピールして、ですね。まんまと婚約者の変更をとの王命を出してもらうことに成功して、ビュアロード侯爵が渋々受け入れたそうなんです。殿下が、自分とライアは愛し合っている。これは運命だ、と大々的に触れ回ったことも大きいですがね」


 クレアは怒りに震える声で話すオランジュの言葉を聞きながら、ライアとカーティスの姿を思い出していた。

 カーティスは立派な青年になり、肩のあたりまでの金髪が眩しかった。

 体型は中肉中背、顔も整っていたと思う。

 ライアは腰までの緩いウェーブの金髪が美しく、瞳の赤がルビーのようにきらめいていた。

 造形も美しかった気がする。

 

「ライアは美しく成長しましたし、きっと殿下に愛されているのでしょう」

「いいえ、美しさでいったらクレア様の方が数段お美しいです。きっと今頃殿下は早まったと後悔していますわ」

「そんなことはないですよ」

「いいえ、クレア様が祈りの間からお出になったときの、殿下の驚愕の表情ったら見ものでしたわ。でも、さすがに再度変更なんて恥さらしはしないでしょうから、クレア様はこれから二年の間に結婚相手を見つければいいんです。きっと今頃、侯爵家には釣書が沢山届いていますよ」

「そうでしょうか」

「きっとそうです。フリーの聖女なんて喉から手が出るほど欲しい逸材で、しかもお美しいんですからね。クレア様、ちゃんと姿絵もご覧になって選んでくださいね。もしご相談くだされば、そのお相手の為人とか、知りうる限りお話しいたしますから、何でも聞いてください。私の先代の聖女は教会にてお務めしてますから社交には疎いと思いますが、さらにその前の聖女は現在伯爵夫人ですから、そちらへも話をしておきますし」

「ありがとうございます」

「ああ、それにしてもこんなにお美しくて清らかな聖女を手放すなんて、カーティス殿下は見る目がなさすぎますわ。もっとも、あの二人は運命らしいので今更変更なんて許されませんけどね」

「ライアのような可愛い子が殿下に寄り添っているのですから、この国も安泰です」



 ───────

「なあんて言っていた時もあったわねぇ」

「わっはっはっ、あの純粋無垢な聖女はどこに行ったんだよ」

「ここに居るじゃない」

「お前、単なる酔っぱらいだろうが」


 クレアが祈りの間から出てきてもうすぐ二年。

 順調に各教会でのお務めを果たし、ここは王都の手前にある宿場町。

 いよいよ明日は王都へ帰還する。

 食堂兼酒場の奥にある個室で、クレアは護衛として二年間共に旅をしてきた魔法騎士のウォルト・ランドルクと騎士のジーク・ハンソンの三人で軽く打ち上げをしていた。

 クレアは十九歳になった。

 見た目は祈りの間を出た時以上に美しくなり、黙っていたら完璧な聖女だった。

 そう、黙っていたら。

 この二年でクレアはすっかりスレてしまった。

 





お読みいただきありがとうございました

次話はすぐに投稿します



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