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花火を見るなら神社の裏で

夏休み創作チャレンジ2024(https://www.pixiv.net/novel/contest/summerchallenge2024)に参加作品4つ目!

男女悲恋


pixivにて2024年9月9日に投稿していたもの。

お題「浴衣」



 ヒナタが彼に出会ったのはまだ一桁の年齢のとき。

 親に連れて行ってもらった夏祭りで迷子になった先でのことだ。

 彼もまた迷子になって、神社の裏に迷い込んだようだった。……本人は意地でも自身が迷子だとは、最後まで認めなかったけれど。


「泣くなよ」

「な、泣いてないもん」

「ほら、『あめざいく』やるから泣き止めって」

「泣いてない……けどアメは、ありがとう……」


 渡された亀の形をしたべっ甲飴は素朴な甘みがじんわりと体に広がる味で、とても美味しかったのを覚えている。


「あなたも、まいご?」

「……ちがう。ぼくじゃなくて、ハセガワがまいごになったんだ」

「ふぅん」


 アオイと名乗った紺色の浴衣を着た少年は拗ねたように頬を膨らませる。

 その様子がなんだかおかしくて、ヒナタはようやく泣き止んで笑った。

 神社の裏で二人、飴細工を舐めながら並んで座る。


「あ、」


 声を上げたのはどちらだっただろう。もしかしたら、二人ともだったかもしれない。


 ――ひゅぅぅぅ……ぱぁんっ


 暗い帳の降りた空に鮮やかな花が咲く。

 わぁ、と声が重なり、もう一輪の大きな花が弾けた。

 キラキラとした花弁が消えながら落ちていく。

 それを何度か見上げて、ヒナタはちらりと隣に座るアオイを見た。

 アオイも小さく口を開けたまま空を見上げている。

 赤や黄色の光に照らされて、アオイの丸い頬が少し色付いているのが見えた。

 再び真っ暗になった空を見上げたまましばしぼんやりと過ごす。

 咥えていた飴がなくなったころ、静かに初老の男性がアオイを迎えに来た。彼がハセガワなのだろう。

 またね、とも、ばいばい、とも言わずに別れた。

 どうせこれっきりだと思ったから。


 ……が、翌年も同じ場所で二人は顔を合わせた。


「なんだ、またまいごか。……えーと、ヒナミ?」

「ヒナタだもん。べつにまいごじゃないよ!」


 アオイは去年とは違う、けれど去年と同じ紺色の生地にうっすらと黄色いヒマワリが咲く浴衣を着ていた。

 それはよく覚えている。去年、ヒナタが着ていた浴衣も同じくヒマワリの柄だったからだ。

 去年は桃色の生地だったが、今年は白。ヒナタはヒマワリが好きなので今年もヒマワリにしてもらった。

 アオイには強がって迷子ではないと言ってしまったが、今年も見事に迷子だった。

 ふらふらと一人で歩いていると見覚えのある神社の裏に来ていたのだ。


「アオイくんも、またまいご?」

「まいごじゃない!」

「ふぅん」


 どうやら彼もまた迷子のようだった。

 顔を見合わせて、なんだかおかしくてくすりと笑う。迷子の心細さが消えたような気がした。


 翌年もアオイはやっぱり紺の布地にうっすらとした黄色いヒマワリの浴衣だった。大きさやヒマワリの描き方が違うから、毎年違う浴衣なのがわかる。

 ヒナタは薄い水色の布地に色とりどりのヒマワリを散らした浴衣。母に「本当にヒナタはヒマワリが好きねぇ」なんて笑われたが、浴衣はヒマワリ柄がいい。

 今年もハセガワがアオイを迎えに来て別れた。


 だが翌年にはアオイに会うことはなかった。

 伯母に買ってもらったアサガオの浴衣を見てくれる人はいない。

 それがなんだか無性に寂しくて、ヒナタは食べもしないりんご飴を手に神社の裏でひとり、ぼんやりと花火を眺めていた。


 その翌年、アオイはいつもの紺の布地にうっすらとした黄色のヒマワリ柄の浴衣姿でいつものように神社の裏にいた。

 ヒナタは白地に大輪のヒマワリが描かれた浴衣。

 もう流石に迷子ではなく、意図的に神社の裏に向かっていた。


「なんだ。今年は迷子になったのか、ヒナタ」

「迷子じゃないってば。アオイくんこそ、迷子なんじゃないの?」

「迷子じゃない。ここが一番花火がよく見えるんだっ」

「わたしもそうだもん」


 言いながら隣に座る。顔を合わせて二人で小さく笑った。


「去年は来なかったな」

「え? 去年もお祭り来たよ?」

「えぇ? だってヒナタ、いなかったじゃないか」

「いなかったのはアオイくんでしょう」


 二人して首を傾げる。

 あまり納得のいっていない顔をしたまま、アオイは毎年のようにヒナタにべっ甲飴を手渡した。いつものように甘いそれは、今年は鶴の形をしていた。


「アオイくん、べっ甲飴好きなの?」

「別に……ヒナタが美味しそうに食べるから……いや、なんでもないっ」

「わたしもなにか買ってくればよかったかなー」


 言葉の端々からアオイが『良いおうち』の子だというのは気付いていた。だから祭りの出店とはいえ滅多なものをあげてもいいのかと少し戸惑ったのもある。

 ヒナタはいつも貰うだけだ。それが少し気になっていた。


「面白みのあるものなんてなかっただろ。あと食べられるものと言ったら……おでんとかうどんくらいしかなかったし」

「えぇ? おでんの屋台なんてなかったよぉ」

「? あっただろう、ほら、狛犬のすぐ近く」

「えぇ~?」


 ヒナタが見たときには狛犬のすぐ近くは綿菓子の屋台だった気がする。よく見ていないのであまり覚えていないが、少なくともおでんではなかった。

 というか縁日の屋台でおでんというものを見たことがない。


「カステラ玉なら買えたかな」

「か、カステイラ? そんなハイカラな出店があったか?」

「え?」

「え?」


 アオイとはときどきこうして話が合わないことがある。

 近所の駄菓子屋のこと、前日の天気や気温のこと、車で出かけたときの話をすると目を丸くして驚かれたり、小学校でのあれこれも少し違和感がある。

 最初は住む世界が違うから、アオイは『良いおうち』の子だからだろうと思っていたが、それにしては不思議なくらい妙な齟齬があった。

 それでも今年も例年通り花火が上がる。それを二人で見上げているうちに有耶無耶になって、そしてハセガワがアオイを迎えにくるのだ。


「また、来年も会えるかな」

「さぁな」


 ちょっとだけ素っ気ない返事をしてハセガワと並んで去っていくアオイを見送る。

 手には貰ったべっ甲飴。

 なんだか今年は食べるのがもったいなくて、口に含むことができなかった。

 琥珀色の鶴が『食べないの?』とでも言いたげにヒナタを見ていた。



 不思議な交流はそれからも続いていて、ヒナタは高校生になろうとしていた。

 ちょっとずつ積み重なった違和感はそれなりに大きくなっていたが、いつの間にかヒナタに芽生えていた淡い気持ちがそれを直視するのを拒んでいる。

 今年もアオイは紺の布地にうっすらとした黄色のヒマワリの描かれた浴衣。

 ヒナタはいつかのように白地に大小のヒマワリが咲く浴衣。

 手には毎年のようにアオイから貰ったべっ甲飴。今年はウサギの形をしている。

 対してアオイはずっと難しい顔をしてヒナタを見下ろしていた。

 同じくらいだった身長は数年前に追い越され、今では少し見上げないと視線が合わなくなっている。


「アオイくん?」


 名前を呼ぶと、バツが悪そうに一瞬だけ目を逸らし、もごもごとなにかを言おうとして失敗している。

 なにか言いたいが、言いたくない。そんな感じだ。


「……ヒナタ、」

「なぁに」

「…………多分、来年からはもうここに来れないと、思う」

「……えっ」


 目を瞬かせてアオイを見上げると、彼は目を伏せて、少し不満そうに唇を尖らせていた。


「今度から父の事業を手伝うことになったんだ。……だから、忙しくなる、し、ここに来る余裕が、なくなる……」

「そ……、っかぁ……」


 寂しいというのが本音だ。

 でもそれは言っても仕方のないことだと、ヒナタもわかっていた。

 アオイもわかっているのだろう。

 並んで階段に座ったまま、無言で空を見上げる。花火はまだ上がらない。

 ふと、階段についた手がアオイの手に触れた。――いや、アオイが触れてきた。

 驚いてもう片方の手で持っていたべっ甲飴を落としそうになる。

 温かい、男の子の手だ。もう、男の人の手と言ってもいいくらい大きな、ヒナタより一回りは大きい手がそっとヒナタの手に触れている。


「寂しくなるねぇ……」


 つい、ぽろりと本音が零れた。

 視界の端でアオイが小さく頷くのが見えた。

 べっ甲飴はもったいなくて食べられない。

 そうしているうちに花火が上がって、いつものようにハセガワが迎えに来た。

 ハセガワもこの数年で随分と頭が白くなっていた。


「……ヒナタ、」

「うん」


 もご、とアオイが言いよどむ。

 ヒナタも『サヨナラ』とは言いたくなかった。

 住む世界が同じだったなら、ヒナタも『良いおうち』の子だったら、まだこうして会い続けることができただろうか。


(きっと、それだとこうして出会うことはなかったんだろうな)


 じっとアオイを見上げる。

 アオイもヒナタを見下ろした。


「……ヒナタと一緒に見る花火が、他で見るよりずっとずっと綺麗だった」

「……うん。べっ甲飴、いつもありがとう。アオイくんがくれる飴、他で食べるよりずーっと美味しかったよ」

「いつか、また会いに行くから」

「…………うん、待ってるね」


 その日はきっと来ないのだろうと思った。

 もしかしたらアオイもそう思っているかもしれない。

 そっと伸ばされたアオイの手がヒナタの頬に触れる。

 そして、額に彼の唇が軽く触れた。


「それじゃあ、……」

「じゃあ、ね」


 サヨナラもマタネも言えず、別れる。

 ハセガワを連れて去っていく背中を目に焼き付けるようにして見る。

 ヒナタはしばらくそのまま神社の裏で佇んでいた。


***


 翌年の夏はアオイの言った通り、彼に会うことはなかった。

 祭りのある三日間、連日ヒマワリの浴衣を着て神社の裏に足を運んでみたが、やっぱりそこに見知った姿を見つけることはできなかった。

 屋台で見つけたべっ甲飴を買って食べてみたが、なんだか味気なくて、無駄に精巧な竜の形をしたべっ甲飴は恨めしそうにヒナタを見ていた。

 そんな夏が過ぎて、短い秋も終わろうとするころ、伯母の手伝いで親の実家の蔵に入ることになった。

 埃っぽくてあまり気持ちがいいものではないが、日給五千円は万年金欠な女子高生には抗えない魅力だった。

 ――そこで古いアルバムのような本を見つけた。


「伯母さん、これは?」

「なにかしら? ……ああ、うちの本家さんのね」


 聞けば、ヒナタの家は分家で、戦前の本家筋の家族の来歴などが記されているものだと言う。

 ふぅん、と伯母の血筋自慢を聞き流しながらパラパラとページをめくる。

 ふと、とあるページで手が止まった。


「あ……」


 白黒というよりもセピアな古い写真だ。

 写っているのは今のヒナタより少し年上の青年。

 それは成長しているが、確かにアオイの写真だった。

 白い軍服に身を包み、つまらなそうにカメラの方を向いている立ち姿に見覚えがないが、見違えるはずもない。

 添えてある文章にも「大正××年 九鬼葵」と書かれている。


「あら、その人、本家さんのご長男ね。戦争で武功を立てたとかで、帰国してからは本家を継いで事業を拡大させて……ってすごい人だったみたい。でもずっと独身だったらしくて、そのあと弟が本家を継いでるのよね」


 その弟の三男が伯母や父の直接の血筋だと言う伯母の話をまた聞き流す。

 そっと写真に触れる。

 カサカサとした紙の感触が指に伝わり、それが本物だと知らしめる。


(確かに、住む世界が違うとは思ってたけど……)


 まさか時代が違うだなんて、思ってもみなかった。

 流石に百年以上前の人間だ。もう、会えないのだと突き付けられた。

 会えないであろうことはわかってはいたが、それをこうして出されるとやはり悲しい。

 ぽた、とアオイの名前に雫が落ちる。

 慌てて本を離すが、ほたほたと流れ落ちる涙は止まってくれない。

 視界の端でぎょっとした伯母がなにか言っているが、ヒナタの耳には入らない。


(会いに行くって……どうやって来るつもりよ、ばか)


 そんなことを言っても仕方ないのはわかっている。

 それでも、ヒナタの涙は止まらなかった。

 彼の唇が触れた額が今更ながらに熱い。

 来年の夏、ヒナタはヒマワリの浴衣を着てあの神社の裏に行くだろう。きっと、その次も、そのまた次も。

 それがたった二文字の言葉を言えなかった後悔なのか、未練なのか、ヒナタにはわからない。

 ただ、ヒナタの夏が終わったのだけはわかった。


ここまで読んでいただきありがとうございました!

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