甲子園とおばけ
夏休み創作チャレンジ2024(https://www.pixiv.net/novel/contest/summerchallenge2024)に参加作品3つ目!
甲子園中継を見る女性のところに現れたおばけの話。
pixivにて2024年9月4日に投稿していたもの。
お題「おばけ」
――目の前に、おばけが出た。
リサは目をぱちくりと瞬かせて、目の前に浮かぶ半透明な少年を見た。
短く刈り上げた天然の黒色をした頭、健康的に日に灼けた肌としっかりした肩や体格。服装は見覚えはないがどこかの学校の制服の夏服のようだ。
年齢は高校生くらい。
しょんぼりと肩を落とすその姿はうっすらと透けていて、背後にあるテレビが見えている。
『いいなぁ……』
ぽつりとおばけの少年が呟いた。
その視線の先はテレビ画面――甲子園で行われている全国高等学校野球選手権大会の中継。
『いいなぁ』
おばけは再び呟く。
リサは咥えていたチューブ型氷菓子を落としそうになりながら、テレビ画面とおばけを交互に見やる。
おばけなんて見たのは生まれてこの方初めてだからよくわからないが、こんなにはっきりと見えるものなのだろうか。
声だってしっかり聞こえるし、聞き取れる。
透けていて床から数センチ浮いているが、足はある。……浮いているから関係ないだろうが、上履きを履いていた。
「……なにが、いいなぁなの?」
そう尋ねてしまったのは、おばけ――少年があまりにも寂しそうな背中をしていたからだろうか。
ぴくりと肩を震わせて、少年がゆっくりとリサを振り返る。
驚いた顔をして、目をぱちぱちと瞬かせていた。
『え……おねえさん、ぼくが見えるの?』
「……割と、ばっちり」
人や動物をダメにすると噂のクッションにもたれて座っているリサを、立って少し浮いている少年が見下ろす。
それからまた二三瞬きをしたと思うと、すぅっと流れるような動作で少年はリサの前に座った。やっぱり少し床からは浮いている。
『ここ、おねえさんの家?』
「まごうことなきアタシの一人暮らしのアパートの一室だねぇ」
『なんでここに出て来ちゃったんだろう』
「さぁ。そんなに甲子園見たかったの?」
『……』
しょぼり、と少年はまた肩を落とす。
甲子園、と少年の唇が音なく動く。
『……うん。甲子園、行きたかったなぁ』
少年はまたテレビ画面の方を向いて遠い目をする。
画面では投手の少年がユニフォームの袖で汗を拭いていた。
おばけの少年はそれを眩しそうに眺めている。
(甲子園に、出たかった……)
リサもふと学生時代のことを思い出し、目を細める。
リサは小さいころから野球が大好きだった。
父親が休みのたびにキャッチボールをねだり、地元の少年野球チームで他の少年たちと一緒に汗を流した。
ゆくゆくは甲子園にだって出たいと夢を持っていた。
けれど。
リサは女の子でしかなかった。
女の子が甲子園に出られるわけがない。そう笑われたのはいつだっただろう。
悔しくて、羨ましくて、妬ましくて、苦しくて、悔しくて、悔しくて、悔しくて仕方なかった。
諦めるだけで高校の三年間は終わってしまったようなものだ。
それからはほとんど惰性で、流されるままに適当な女子大に進み、適当な企業に就職して今に至る。
甲子園の時期になるといつもこの傷が疼く。
それでも毎回テレビ中継を見てしまうのは後悔とあきらめの悪さのせいだろうか。
「……」
『……』
少年はまだテレビ画面を見ている。
カキン、と気持ちのいい音をさせて、真っ白なボールが真っ青な空へ打ち上がった。
実況の男性が歓声を上げる。
ああ、なんて。
『いいなぁ、甲子園』
おばけがぽつりと呟く。
彼は、少年は、その気持ちが晴れないからこうして死してなおこの世に留まっているのだろうか。
ぽたりと氷菓子がかいた水滴がリサの膝に落ちた。
『甲子園、行きたかったな……たくさん、練習したんだ』
リサに語りかけるというよりは思わず独り言ちたように、少年が言う。
その寂しそうな声に、リサはきゅっと唇を噛んだ。
『――ル○ン三世のテーマ曲……』
「……………………うん?」
ル○ン三世のテーマ曲は確かに甲子園でよく応援歌として演奏される曲だが。
『ソロパートだって貰えたのになぁ』
「………………キミ、吹奏楽部?」
『うん? うん、そうだよ』
「……」
きょとん、と少年は首を傾げている。
じゅっ、ともうほとんど溶けてしまった氷菓子を吸い込んで、残った容器をゴミ箱に投げ入れる。
「――いや球児とちゃうんかーいっ!!」
腹の底から叫んだ。
吹奏楽部の少年おばけは驚いた顔で目を丸くしている。
ドンッ、と薄い壁の向こうから怒りの打撃音が響いた。
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