2話:女神の街
街に向かい始めてからだいたい10分くらい(体内時計)すると、
「も、もうダメ...」というアイリーンの声を聞き後ろを振り返ると倒れ伏しているアイリーンの姿があった。
「だ、大丈夫ですか!?アイリーンさん!」
「疲れてもう動くことすらできないよ~~」
そういえばなんともなかったから忘れていたが自分が体力Sに対しアイリーンの体力Eであった。
一旦ここで休憩するのもありだが彼女の異能によってまたモンスターが現れるかもしれないだろう。かといって彼女を背負って街にもありだが...まぁ..そのなんだ...背中にあれが触れてしまうからな。
「どうしたんだ?」
そう悩んでいると、背後を通りかかった馬車に乗っている大柄な男が話しかけてきた。
「あ、実は...」と街に向かっていることを話した。
「なるほどなぁ、良かったら乗るかい?ちょうどあそこに向かうつもりだったし」
むっちゃ、ええ人だった。
そう言われて俺たちは、大柄の男の馬車に乗せてもらうことにした。
「そういやお前さん方も転生者かい?」
「え?あ、はい」
「どうしてわかったんですか!?」
「ははは、そりゃお前さん方の服装をみたら誰だってわかるさ」それもそうだ
「あそこはテイファって呼ばれているところなんだ。」
「珍しい名前ですね」
「そこまで変わっているか?確か、ここら辺で信仰されいる女神の名前が由来というはなしらしいが」
「へぇ...女神のねぇ...」
(その神様とはもしかしてあの女神のことなのか?なんというか、変な加護みたいのがありそうだな...。)と思っていると街に着いた。
テイファの街はレンガで囲むように壁が作られ、木造の家が立ち並び、石畳を敷いた道路に馬車が走っている。まあよくあるファンタジーの街!って感じだ。あたりをぐるっと見回し大柄な男に尋ねる。
「とりあえずアイリーンさんに付いている粘液をどうにかしたいんですが。」
「なんだ。それは嬢ちゃんの能力かなんかだと思ってたぜ。てことはあんたあいつにやられたのか?あーこういっちゃあなんだが、あんた本当に転生者か?」
「ひどい!私もれっきとした転生者です!」
「まあ嬢ちゃんが言うならそうなのかもしれんがなあ。で、粘液をどうにかするんだよな?だったらここをまっすぐ行って3番目の十字路を曲がれば先にでかい建物がある。そこが大浴場だ。そこなら嬢ちゃんのそれも落とせるだろうよ。」
「ありがとうございます!助かりました。」
「いいぜこんくらい。こういうのはお互い様さ。中には転生者ってだけで毛嫌いする奴もいるが俺は違うね。今回は助けたがもし今度俺が困ってたら力になってくれよ。じゃあ俺は荷物検査を受けに行くからここでお別れだ。頑張れよ。」そう言って大柄な男は去っていった。
すごく親切な人だったな。アイリーンさんは大柄な男に言われたことを根に持って怒っていたがそんなことは無視して大浴場へと向かった。
大浴場に向かっている間、道を確認しておく。主な施設や大浴場への道のり、街の人々の民度を見ておく必要があるからだ。
先程の大柄な男ーーそういえば名前を聞いていなかった、次にあったら聞いておこう。ーーのように皆が皆優しいとは限らないからだ。また、俺たちが今知っている街はここだけなので、余程のことがない限りこの場所が俺たちのしばらくの拠点になるだろう。その時のために大体の景観は把握しておきたい。そう思いながら街を眺めながら進むと銭湯についた。
アイリーンさんは「やった!銭湯です!これでようやくこの気持ち悪いのを落として体も綺麗にできます!」
と喜んでいる。
中に入ると男湯と女湯で別れていた。ーーよかった。ここで混浴しかなかったら一応アイリーンさんの身の確保のために一緒に入らないといけなかったところだった。などという無駄な思考を挟みながら、かく言う俺も体を綺麗にしたいので、男湯に入るのであった。
「ふいー。」と息を吐きながら湯船に入る。
空には夕暮れが浮かんでおり、思っていた以上に時間がかかっていたのか、あるいはこの世界は時の流れが早いのか、原因はわからないがもうすぐ日が暮れそうになっている。
風呂に入りながら「今夜の宿どうしよう?」「これからどうやって生きればいいのだろう?」など思うところが色々あるが、やはり一番は「本当に転生したんだな、俺。」だった。
「...もう出よう。明日の予定も考えないといけないし。」
入って早々に、俺は風呂を出た。まるで、考えから逃げるように。
「あれ、アイリーンさん」
脱衣所から出ると、アイリーンの赤い長髪が見えた。粘液が付いていたブレザーはこの大浴場で貸し出している簡素なドレスに着替えていた。
「あはは…あまり落ち着かなくて…」
アイリーンはどこかぎこちなく笑う。大人びた外見をしている彼女だが、実際の年齢は15だと道中で聞いた。まだ中学生だ、これまでは非現実的な状況に感覚が麻痺していたようだが、緊張が解けて落ち着かなくなったのだろう。
「横、良いですか?」
「…はい」
アイリーンが座っていた石のベンチに腰を下ろして周りを見回す。
皆、元の世界ではあまり見ないようなドレスや皮の服を着ている。
どういった因果か、周りの人々は言葉は日本語を使っているようだが、聞き慣れない単語が飛び交っている。段々と心細くなって来た。この世界に自分の事を知っている人間はいない。もう二度と向こうの世界の知り合いには会えないのだ。
「私たち、元の世界に帰れないんでしょうか?」
俯くアイリーンは何とか取り繕っているようだが、俺の目には今にも泣き出しそうに見えた。きっと、向こうの世界に何か大切な人か物を置いてきたのだろう。
「女神は俺たちをこの世界に送る事が出来たんだ。きっと元の世界に戻すことも出来るだろうさ」
「そ、そうですよね!どうにか女神とコンタクトを取れば戻れますよね」
確証などない。そうであれば良いな、という希望的観測でしかない。だが、今の彼女には希望が必要だ。それが例え幻想だったとしても。
「残念だが、それは無理な話だ」
いつの間にか目の前に男が立っていた。縁のない黒メガネをかけたスーツの男だ。年齢は20代から30代か、すらりとした高身長でカッコいい部類に入るのだろう。
その男はまるで俺たちを嘲笑うかのように見下ろしていた。
「えっ…」
明るさを取り戻しかけていたアイリーンの顔が、男の言葉を聞いて曇った。
「突然何を…!」
妙なことを言ってきた男に、思わず俺は立ち上がって男の襟首を掴み上げていた。
「なんだなんだ、喧嘩か?」「あれ、二人とも転生者じゃないの?」「やべぇぞ…」
周囲の人たちが俺と黒スーツの男を見てざわめき始める。
「おいおい…見られてるじゃないか。どうする、次は殴るか?その魔拳で」
男は余裕の表情で俺と視線を交差させる。
「た、卓地さん…止めてください…私は大丈夫ですから…」
「くっ…」
手を離すと、男は几帳面に自らの襟を整えた。
「全く、野蛮な…私は本当のことを言ったまでだ」
「なんなんだよ、あんた…」
隣で震えるアイリーンを庇うように、男とアイリーンの間に立つ。
「そう身構えるな、私は敵ではない。私の名はジーザス、ジーザス倉本だ」
ジーザス・クラモト Lv54
体力 A-
魔力量 S+
攻撃力 B-
魔力 SS+
物理防 B
魔法防 A+
敏捷 A
器用度 S+
運 B
・備考 異世界人
異能:祈りの弾丸
「次は君の番だ、ミスター?」
「俺は…卓地だ」
ジーザスと名乗った男に促され、俺は渋々名乗る。名前なんてステータスを見ればわかるだろうに。
「それで、そっちの彼女は?」
ジーザスは俯くアイリーンを指差す。アイリーンはなんとか堪えているが、すぐにでも泣き出してしまいそうだ。全く持って無神経な男だ、自分の言動が彼女を苦しめていることにも気がついていない。
「この子はアイリーン斉藤だ…これで良いだろう?」
「…よろしく。ミスター・カラテマン、ミス・アイリーン」
男はキザな仕草でお辞儀してみせる。…カラテマンってなんだよ。
「そ、それより!さっきの話を聞かせてください!」
黙りこくっていたアイリーンがジーザスに掴みかかるように声を荒げた。自分が元の世界に帰れるか否かがかかっているのだ、必死にもなるだろう。
「あぁ、その話だったね。単純な話だ」
勿体つけるようにジーザスは言葉を切り、メガネを取る。
「我々をこの世界に送りつけた女神テイファは我々の敵だ」
「なっ…」
冗談だと思った。あの女神は少し強引なところはあれど、敵意のような物は感じられなかった。それに、異能を与えてくれたのもあの女神だ。とても敵だなんて考えられない。だが、ジーザスからも嘘をついている様子は感じられなかった。
「時に、二人はどうやってこの異世界に来た?」
「そりゃあ…居眠り運転の車に轢かれて…」
「よそ見運転の車にぶつかって…」
「「ッ!?」」
ジーザスの質問に答えたアイリーンと目が合った。彼女も気づいたのだろう。
「私は泥酔した男が車で歩道に乗り上げてきたのに轢かれた」
俺とアイリーンだけでなく、この男まで車による交通事故でこの世界に来ている…?なんだこの一致は?
「我々だけではない。少なくとも私が知っている転生者は皆、車に轢かれて死んでいる。これらがただの偶然の一致だと思うか?」
「まさか…」
恐ろしい想像が俺の頭をよぎり、嫌な汗が流れた。
「女神テイファは故意に向こうの世界の人間を殺し、この世界に連れてきている。”転生する権利をあげる”などと偽善的なことを言ってな!」
「嘘…」
アイリーンが信じられないと言った表情で言う。当然だ、このような飛躍した話をされて信じられるわけがない。
「嘘ではない。奴は転生者をこの世界に放り込んで楽しんでいるのだ!何がリレー小説だ、何がステータスだ、我々は物語の登場人物じゃない!」
メキリ。ジーザスの手元で嫌な音が鳴る。見ると、話している間に力が入ったのか、メガネがひしゃげていた。メガネを握り潰していることに気づいたジーザスは使い物にならなくなったメガネを足元に投げ捨てた。
「我々は奴を追い詰め、元の世界に帰る為に動いている。君たちも元の世界に悔いを残してきたのだろう?どうだ、我々と共に来てくれないか?」
ジーザスは懐から全く同じメガネを取り出してかけ、俺とアイリーンの前に手を差し出した。
「ど、どうすれば…卓地さん…」
アイリーンが俺に助けを求めるように見てくる。
「うっ…」
目が眩むような感覚を覚えて後ろによろめく。突然こんな話を持ちかけられて受け止め切れるはずがない。今、この男の手を取ってしまえばどんな事に巻き込まれるかわかった物じゃない。だが、こんな話を聞いて知らないふりが出来るわけがない…。
「さぁ、この手を取るんだ…我々"AGF"と共に戦おう」
ジーザスの青い目が俺を射抜く。
どうする、どうすればいい…!?
その時、遠くから鐘の音が鳴り響いた。
「おっと、もうこんな時間か」
鐘の音を聞き、手を引っ込める。
「どうするか決まったら、ここに来てくれ」
胸ポケットから取り出した紙片を、ジーザスが俺達の方に投げてくる。俺の手の上に載った紙片には”Bar SilverBullet”の名と、住所らしき数字の羅列が印字されていた。
「あぁ、それとどうせ今日泊まる場所がないだろう?この浴場の隣のホテルなら、転生者を無料で泊めてくれる。そこに泊まると良いだろう。…君たちが正しい判断をしてくれる事を祈っている」
ジーザスはそう言い残すと、日が落ち、暗くなったテイファの街へと出て行った。
「…そんな」
張り詰めていた空気が弛緩すると、アイリーンはへなへなと床に座り込んだ。
「卓地さん…さっきの話は本当だと思いますか?」
「わからない。だけど、少なくとも彼は本気でそう思っているみたいだ」
熱弁するジーザスからは怒りと悲しみが感じられた。嘘をつく人間なら相手を圧倒するほどの熱量を発揮することは出来ないだろう。
「…疲れたでしょう。ジーザスさんが言ったホテルに行こう」
「はい…」
俺は話をそらすように、彼女に肩を貸して立ち上がった。
「テイファ様を崇めよ!我々転生者こそ、この世界の救世主である!」
夜のテイファの街で、一人の男が声を張り上げる。道行く通行者たちは足を止め、男の話に耳を傾ける。
「転生教に入信すれば、女神テイファ様より授かった祝福の恩恵を得ることが出来る!」
男は周りの風景にそぐわない、”転生教”と書かれた幕が垂れ下がった選挙カーの上に立っている。選挙カーの運転席には誰もいないというのに、選挙カーはゆっくりと道を進んでいる。間違いなく異能の力だろう。
トヨタ・ホンダ Lv23
体力 C+
魔力量 A+
攻撃力 B
魔力 A
物理防 A
魔法防 B+
敏捷 B
器用度 A+
運 C
・備考 異世界人
異能:カー・ファクトリー
「ミスター・ホンダ…ただの下っ端じゃないか」
建物の屋上から、選挙カーの上で大声を上げる本田を見下ろす者がいた。その男は自らの身長とほぼ同じ長さのスナイパーライフルを携えている。
『どうした、止めるか?』
「バカを言うな転生教の連中は皆、殺すべき敵だ」
背後に浮く赤い球体から聞こえる声に男は答え、スナイパーライフルを構え、照準を覗き込んだ。狙うはただ一つ、本田の頭。
「ただ、彼もあの女神にさえ目をつけられなければ死ぬことはなかったと思ってな」
引き金を振り絞ると、銃口に白い光が灯る。
「神よ、なぜ私を見捨てたのですか(エリ・エリ・レマ・サバクタニ)」
パン。乾いた音が銃口から響いた。その直後、選挙カー上の本田が崩れ落ちる。それに一瞬遅れて建物下で悲鳴が上がる。
『ナイスショット!慈悲深いことで』
「死にいく者を苦しめる必要はない。それだけだ」
男が立ち上がると、スナイパーライフルは白い光となって霧散する。
「神よ、願わくば彼が次に産まれてくる時は安寧を…」
下の騒ぎに背を向け、男は胸ポケットから取り出した黒いメガネを掛けた。