『罠』
『罠』
昂平はアルバイトをしているラーメン屋の厨房で黙々と皿洗いをしていた。最近、この単一的な作業が、案外、自分にも合っていると思うようになっていた。自分の中でコツみたいなものも掴んだりしていた。油ものやこびり付いたご飯粒、コップの口紅や灰皿など、計画的に意図的に進めていけば、効率良く洗えるという自分の中での法則みたいなものを会得してからは、さらにもっと突き詰めていけば、時間や労力を更にカット出来るかもしれないなんて事を考えたら、こんな単純な皿洗いという仕事も案外、楽しいと思えてくるから不思議であった。
店の主人が、
「未司馬くん、お客さん」と昂平に向かって言った。
昂平が店の入り口を確認すると、表には護が立っていた。
昂平はアルバイトを終えると、護が暮らすマンションへと向かった。豪華な造りが目を引く高層マンションであった。
護は一足早く、部屋でビールを飲んでいた。
昂平が部屋に入ると、護が、
「何、飲む」と聞いてきた。
「ウーロン茶ある?」
「飲まねえのか!?」
「ああ」
「そんな事言わず、一杯だけ」と護が飲んでいたビールを勧める。
「……じゃあ」と昂平が渋々という感じで頷く。
「そうこなくちゃ」と護が嬉しそうに、
「ほい」とグラスにビールを注ぐと、
「それぐらいで」と昂平が護にグラスの半分位で止めるように言う。
「そんなしみったれた事言うな」
「……」と昂平がビールに口をつける。
「しかし、驚いた」
「……」
「本当に亡くなったお母さんにそっくりで、ビックリした」
「……」
「初犯だし、警察にも自ら電話を掛けているし、逃亡を図ったりもしていない」
「……」
「それに被害者の元夫も情状酌量を、加害者の愛美さんには寛大な処分をと言っている事だし、不起訴に持ち込めると思う」
「……良かった」と昂平は心底、ホッとしたように言った。
が、その後直ぐ、
「……」と視線を暗く落とした。
「どうかしたか?」
「……叔父さん」
「うん?」
「……」
「……どうした?」
「……ううん。何でもない」
「……そうか」
昂平は事件の真実は……と護に言おうとした。が、言わなかった。いや、言えなかった。愛美の母親としての深い思いや愛情。それを考えたら、やっぱり真実は隠しておいた方がいいと思ったのであった。真実が全て正解で正しい訳じゃない。時には嘘が真実になる事だってある。と、そう思った昂平であった。
「それから秋田の事件だけど、そっちは他の仕事と地理の関係で俺が直接弁護をするのは難しいけど、うちの事務所でも腕利きの弁護士が対応する事になったから、安心して任せてくれ。精一杯、何とかするから」と護が言った。
「ありがとう……執行猶予は無理だよね!?」
「殺人だからな……少しでも、減刑出来るよう、俺も精一杯、アドバイスするつもりだけど」
「お願いします」
「面識はあったのか? 芽依さんだっけ……その弟とは!?」
「全く……でも……」
「でも?」
「同士みたいなもんだから」
「……」
「俺が出来ない事を代わりにやってくれた……」
「……」
「俺も殺したかった……」
「……」
「殺していたかも知れない」
「……分かった」
「……」
「……ところで、仕事はどうだ?」と護が話題を変えてきた。
「それなりに……」
「何かやりたい事があったら、やっぱり紹介すんぞ」
「ありがとう……でも、大丈夫。暫くは誰にも頼らないで、頑張ってみたいんだ」と昂平が立ち上がった。
「そっか」
「心配してくれて……」
「俺はいつでも昂平の味方だから」
「……」と昂平の言葉はなかったが、十分、護の気持ちには感謝している様子だった。
その時、昂平があるものを見つけた。
「叔父さん、これ、何?」と昂平が何の気なしにそう聞いた。
「……」
「何?」
「……ボイスチェンジャーだよ」
「声とか変えるやつ?」
「ああ。この前担当した事件の資料で必要だったんだ」
「そっか」
「それより、ほら、ぐいっと飲めよ」と護が昂平を煽る。昂平もそれにつられて、飲んでいたグラスを空にするのであった。




