『復讐、そして、身代わり-8』
昂平は愛美に指定された場所に向かった。愛美に指定された場所は、ある一戸建ての家だった。表札には『森山』と書かれてあった。
昂平は愛美から着いたら、家のチャイムを押すように言われていた為、言われた通り、門扉のチャイムを押した。
直ぐに愛美が家の中から出てきて、昂平を家の中に招き入れた。昂平は家の中に入るなり、何とも言えない胸騒ぎを感じた。その胸騒ぎが決して間違いじゃないって分かったのは、リビングのソファに横たわる異様な物体というか、光景を目の当たりにした時であった。
「……誰ですか?」と昂平が聞いた。
「元旦那」と愛美が答えた。
ソファの上には腹の辺りから血を流し、横たわっている男の姿があった。昂平にはその男が死んでいるように見えた。
「……死んでるんですか?」
「ううん」と愛美は首を振った。
「じゃあ、早く病院に……」と携帯電話で電話を掛けようとする。
「待って。止血はしてあるし、今は気を失ってるだけだから大丈夫」
「でも……」
「お願い。待って」
「でも……」
「今、電話が掛かってくるから……それまで……」
「……誰から?」
「……」
その時、愛美の携帯電話が鳴り、愛美が携帯電話に出て、
「着いた? ……大丈夫。心配いらない。ママに任せておけば、大丈夫……心配いらない。今日は夕方からずっと、そこにいた事にするの……分かった? 何を聞かれても、知らないって、そう答えるの」
「……」と昂平は愛美の電話のやりとりをじっと聞いていた。
やがて、愛美の電話が終わり、
「……誰が?」と昂平が聞く。
「……」
「……もしかして!?」
「……私。やったのは私」
「……息子さんが……」
「違う。やったのは私」と愛美が一際、強い口調で言った。
「救急車って119番よね」と携帯電話で愛美が救急車を呼んでいく。
「次は110番」と恐ろしく冷静に愛美が対処していく。
「……どうして?」と昂平が聞く。
「第一志望だった高校に落ちて、頭ごなしにこの人に怒られたみたいなの」と愛美がソファに横たわる男を見て言った。
「震える声で私に助けを求めてきた」
「……」
「たまたま留守だった継母じゃなく……私を頼ってくれた」
「……」
「口論になって、揉み合っているうちに、誤って、刺しちゃったみたい」
「……」
「母親として、何一つしてあげられなかった」
「……」
「保育園のお弁当で、コンビニの弁当をそのまま移し替えた事もあったわ」
「……」
「小学校になった頃は一人で支度して、朝は適当に食パンなんかをかじって、学校に行くようになった」
「……」
「何一つ、文句を言わないどころか、ママは疲れてるから、ゆっくり寝ててよって、そんな優しい子だった」
「……」
「あの子が小学校六年になる頃に離婚して……その後は離れ離れ」
「……」
「全くダメな母親」
「……」
「昔はとても明るい子だったのに、思春期っていうの、それも重なったのか、全然、笑わない子になってしまった」
「……」
「いつも何だか余所余所しくて……愛想もなくてさ」
「……」
「ババア、お前なんか嫌いだって、ポツリと言われた事もあった」
「……」
「全て私のせい」
「……」
「そんな子が私を頼りに、私だけをすがってくれたの」
「……」
「私が……」
「……」
「私があの子の身代わりになる」
「……」
「人の親なら誰でもそうすると思う」
「……」
「これでも一端の親なの」
「……」
「母親になりたいの」
「……」
「夜の商売女で、阿婆擦れの私がした事だって言えば、誰も、これっぽっちだって疑ったりはしない」
「違う」
「違わない」
「……」
「……内緒にして」
「……」
「二人だけの秘密」
「……でも」
「お願い」と愛美がナイフを握る。
「……」
「このナイフで私がこの人を刺した」
「……」
「……それが真実」
「……」
その時、遠くから救急車のサイレンの音が聞こえてくる。
愛美がソファに横たわる男に向かい、
「あなた……救急車が来たわよ」と肩の辺りを揺すって起こす。男が目を開ける。
「……」と確かに生きていた男を見て、昂平はほんの少しだけ安心感を覚えた。
「昂平くん……」と愛美が昂平に向かって言った。
「……」
「本当にごめんなさい」
「……」
「あなたのお母さんとは似ても似つかない、どうしようもない女でごめんなさい」
「……知ってたんですか?」
「この前、久しぶりにお店に来てくれた時に、あなたのお父さんが教えてくれたの」
「……」
「嬉しそうにこれが息子なんだって、写真を見せてくれたの」
「……」
「久しぶりに少しお酒を飲んで……飲めないのが分かってて、ボトルも入れて……残りは……残りは息子に……昂平に飲むように言って欲しいって」
「……」
「照れくさそうに」
「……」
「仲良くしてあげて」
「……」
家の前に救急車が慌しく止まり、やがて、家の中にも救急隊員などがバタバタとこれまた慌しく入ってきたのであった。




