『二人きりの夜』
『二人きりの夜』
桃は死んだように自分のベッドで眠っていた。藤田が何とか命を取り留め、峠は越えたという事で、一先ず自宅に帰った桃は着の身着のまま、そのままベッドに横になり眠ってしまった。そして、夕方になってもまだ眠り続けていた。そんな桃が眠りから覚める寸前にある夢を見ていた。それは昔から何度となく見た事のある夢だった。深く暗く果てしのない谷底に落ちていく夢。叫んでも、助けを呼んでも誰も応えてはくれない。そんな時、一筋の光が射し、誰かが自分に対して、救いの手を差し伸べてくれる。
【誰?】
と、相手の手をしっかりと握り、相手の存在を確かめようとした時、必ず目を覚ましてしまうのであった。
【いったい誰なの?】
桃は起きると直ぐ、携帯電話に何件も着信があった事に気がついた。その大半が上村からであった。桃は直ぐに上村と連絡をとった。
「今から、ちょっと出てこれますか?」との上村の呼び掛けに、
「はい」と桃は頷いたのであった。
週刊ツイセキ編集部内の会議室では朋美と三宅が二人きりで話をしていた。
「藤田の容態に変わりはないのか?」と三宅が朋美に聞いた。
「はい。一応、万が一に備えて、川村には病院に張り込んでは貰ってます」
「しかし、驚いた」
「はい」
「本当に……」
「……」
「……藤田が犯人なのか!?」
「遺書をしたためた上での自殺ですから。相当な覚悟だった事は間違いありません」
「ああ」
「でも、一つ不思議なんです」と朋美がぽつりと言った。
「何が?」
「藤田は遺書を投函してるんです。郵送で警察に送ってるんです」
「それが?」
「死ぬのが前提なんです」
「……」
「死ぬのが怖くないんですかね」
「……」
「藤田が犯人だったとして、こうやって十五年近くも……少なくとも今までは、何とかして罪から免れようとしてきた訳ですよね?」
「ああ」
「ここまで十五年近くも罪から免れようとしてきたのに今更、罪を認めて自殺って、ちょっと腑に落ちないんです」
「確かに」
「私がもしも犯人だったとして」
「……」
「生きていく上で、死にたくなるとか、もう生きていくのに疲れたとか、そういう事ってあるとは思うんです。ましてや社会を騒がせる事件の犯人だったとしたら、尚更」
「ああ」
「でも、私が犯人だったとして」
「……」
「何らかの事情で事件と向き合うのに疲れて、死を選ぶような事があったとしても、私だったら罪は認めず、うやむやにしたまま死を選ぶような気がするんです」
「藤田は警察から徹底的なマークを受けている訳でもなかったし、重要被疑者の中の一人というだけだった」
「そうなんです」
「灰色だって言われている段階で、違う、自分は黒なんです、だから罪を悔いて自殺をしますっていう犯罪者はいますかね?」
「……」と三宅も、そして、朋美もただ首を傾げるだけであった。
その時、慌てた様子で川村が部屋に入ってきた。
「どうした?」と三宅が聞く。
「藤田の部屋から……」と川村が息を切らしながら言った。
「部屋から?」
「見つかったそうです」
「落ち着け……で、何が?」
「……ボイスチェンジャーです」
「ボイスチェンジャー?」と三宅が首を傾げる。
「あっ!」と朋美が何かを思い出した様子で、
「そうなんです」
「私への脅迫電話」
「……恐らく、藤田だと思います」
「じゃあ……」と朋美が言ったきり、言葉を失う三人であった。




