『正月の出来事-9』
夜になって朋美と三宅はいつもの行きつけのバーにいた。三宅は過去の記憶を辿るようにゆっくりと話し始めた。
「あの頃……悠現社にいた頃の俺は、やっぱり若かったのもあったのか、何もかんも自信満々だった。やる仕事、やる仕事が面白いように上手くいったし、周りにも持ち上げられて、少々天狗になっていた頃だった」
「……」
「俺はどちらかと言うと、社会事件よりは政治の方に夢中だった頃で、正直、未司馬家一家殺人事件も新聞でチラッと見た程度の認識しかなかった。誰が死んで、誰が犯人なんてのは小説やドラマの中でやってりゃいいと思ったし、それこそ、週刊誌やワイドショーが面白おかしくやってるのを暇な時にでも興味半分に見てる。そんな程度だった」
「それが、どうして、事件に……」
「時を同じくして、悠現社で社会派の新しい週刊誌を発売するという話が社内で持ち上がった。俺がその週刊誌の編集部の次長の候補に挙がっているという噂が俺の耳に入ってきたんだ」
「……」
「若かったというか、青かったから俺は目先のスクープ探しに躍起になった。今まで主眼に置いていた政治のスクープなんて、そう簡単に取れるもんじゃなかったので、俺は辺り構わず芸能ゴシップのスクープにまで飛びつくようになっていた」
「……」
「どうしても確固たる勲章や功績が欲しかったんだ」
「……」
「身の丈に合わない肩書きやステイタス欲しさの為に」
「……」
「そんな時だった……」
「……」
「俺が大切にしていた情報筋から未司馬家一家殺人事件の重要被疑者であった未司馬昂平の決定的なアリバイに繋がる証言をした坂西家の父親が、そのアリバイを覆す重要な証言をしたがっているという情報が俺の耳に入ってきた」
「……」
「俺は迷う事なく飛びついた」
「おかしくはないです。私だってそんな情報があったらすぐに飛びつきます」
「俺と……あの頃の俺と今のお前とでは違う」
「……」
「ポリシーが圧倒的に違う。あの頃の俺にはポリシーが決定的になかった」
「ポリシー?」
「誇りさ。自分の、記者としてのプライド」
「……」
「今のお前や俺にあって、あの頃の俺にはなかったもの」
「……」
「事件に対する思いや情熱がまるでなかった」
「……」
「ただ、スクープをものにする為の手段の一つでしかなかった」
「……」
「思いや情熱がない分、本当に世間や社会に訴えたいんだというハートが弱い。ハートが弱い分、自分が頼れる、信じる事が出来る確固たる決定的な信念が俺にはなかった」
「……」
「俺は未司馬昂平犯人説の元になる証言をした坂西紀一に何度も会った。会えば会うたび、本当に未司馬昂平が犯人だと思うようになっていった」
「……」
「そんな時……」
「坂西紀一が突然の病に倒れた!?」
「ああ」
「……」
「あの頃の俺に事件に対する思いや情熱があったなら……」
「……」
「たとえ、坂西紀一が突然、亡くなったとしても、簡単には折れずに最後まで闘い抜く事は出来たはずだった」
「……」
「が、あの頃の俺は尻尾を巻いて逃げ出すだけだった」
「……」
「思いや情熱のない奴は逃げるのも早い」
「……」
「驚くほど、あきれるほどに早い」
「……」
「それが誇れるキャリアじゃないっていう意味」
「……」
「みっともなく闘いの途中で、おめおめと逃げ出した惨めな敗北者」
「……」
「本当に坂西紀一には申し訳なく思っている。あの頃の俺じゃなく、今の俺ならば、きっと事件の真相がここまで迷宮に陥る事はなかっただろうと思っているんだ」
「……」
「すまないと心から謝りたい」
「まだ遅くはありませんよ」と朋美が三宅を励ます。
「まだ遅くない」と自分に言い聞かせるように朋美が言い、さらに「頑張って事件が解決するように、これからもあきらめず、とことん取材していきましょう」と言った。
「ああ」
「懺悔をするにはまだ早いです」
「……」
「まだ遅くありませんよ」
「そうだな」と三宅が頷いたのであった。




