『正月の出来事-5』
藤田はまた飲んでいた酒を飲み干した。これでもう三杯以上は飲んでいた。
昂平はその度に黙って、藤田のお代わりのウイスキーのお湯割りを作ってやった。藤田の体を気にかけ、ウイスキーを少しずつ薄めにして。
「昂平……」
「……」
「……頼みがあるんだ」
「……」
「いや、いい」
「……」
「やっぱりいい」と藤田は自分から言いかけた言葉を飲み込んだ。
「……いくら?」と昂平が言った。
「……」と藤田はドキッとした表情を隠せず、昂平を見た。
「金だろ」
「……」
「いくら?」と昂平がとても冷酷な感じでそう聞いた。
「……十万……いや、二十万あれば助かる」
「分かった」と昂平は驚くほどあっさりとそう答えた。その昂平のあっさりとした答えに藤田は戸惑いながらも、
「すまない」と何度も何度も頭を下げた。
昂平が藤田に封筒を差し出し、
「中に百万、入ってる」
「そんなに……悪いよ」と藤田はチラッと封筒の中身を確認する。
「必ず返す」
「いい」
「必ず返すから」
「返さなくていい」
「……」
「その代わり……」
「……」
「もうこの部屋に来ないでくれ」
「……」
「もっと言うなら、連絡も何もしないで欲しい」
「それって……」と藤田がとても切なそうに笑みを浮かべる。
「言葉通りの意味さ」と昂平が冷たく言い放った。
「……」と藤田は先ほどよりもさらに切なそうにただ笑みを浮かべるだけであった。
「……」
「……すまなかった」と藤田が立ち上がり、
「そろそろ帰るとするか」と玄関の方に向かい歩いていく。
テーブルの上には昂平から借りたお金の入った封筒が置かれていて、昂平がその封筒を手にしようとしたその時、藤田は振り返らず、
「そのままでいい」
「……」
「すまなかった」
「……」
「息子に金をせびりにくるなんて、ダメな父親だ」
「……」
「息子が失業して困ってるんだから、逆に小遣いを渡す位が普通だ」
「……」
「本当に俺は病気だな」
「……」
「色んなところがイカれてる」
「……」
「天罰は下る。神様は決して許さない」
「……」
「真実を見逃すような事はしない」
「……」
「……俺は……」
「……」
「……事件の……」
「……」
「……真犯人を知ってる」
「……」
「……昂平……大丈夫。心配はいらない」
「……」
「久しぶりの酒のせいか、何かいつも以上に酔っ払ったみたいだ」と先ほどまでの思い詰めた表情とは打って変わり、藤田は柔和な表情になった。
「……」
「ほんじゃな」と昂平の顔は見ず、手を小さく振り、藤田は部屋を後にする。
昂平は藤田が持って帰るはずだった金の入った封筒を見つめながら、ただ立ち尽くすのみであった。
昂平は自分の器の小ささが無性に腹立たしかった。酒を何杯も飲んで、酔っ払ってからでなければ頼めなかった父親の言い辛かったであろう頼み事に対して、冷たく突き放すように対応してしまった自分が無性に腹立たしかった。
昂平は藤田が飲み残していった酒を思いっきり飲み干したのであった。酒を一気に飲み干したからなのか、それとも定かではないが、胸が熱く、何とも言えない苦しさが込み上げてくる昂平であった。
『俺は……事件の……真犯人を知ってる』
という藤田の言葉が頭から離れない昂平であった。




