『押し入れの中の秘密-7』
「もうすぐで四ヶ月になる」と芽依が答えた。昂平には然したる疑問や興味はなかったが、話の流れとして、「妊娠何ヶ月?」と聞いた質問に対しての答えだった。
昂平は芽依を自分の部屋に招きいれた。やましい気持ちからではもちろんなかった。平静を失っていた芽依に対し、少しでも落ち着いて貰えればというのと、お互いがゆっくり、誰に気兼ねなく話が出来ればいいと思ったからであった。
「懐かしいね……」と芽依が部屋を見回しながら言った。二人は同棲とまではいかなかったが、お互いが一緒にいる時は大体をこの部屋で過ごした。二人で作った傷やシミがあちこちにあった。その一つ一つをその時の思い出と共に、今でもしっかりと憶えている。やがて、忘れてしまう時が来るのかもしれないが、今はまだ二人の記憶の中にしっかりと刻まれていた。
が、昂平はその感傷を振り払うかのように、
「助けてって、どういう意味?」と芽依に聞いた。
芽依はすぐには答えなかった。
芽依は昂平から聞かれた質問に対して、
「お金を貸して欲しいんだ?」と俯きがちにそう答えた。芽依の回答は昂平の問いに対して、しっくりとくる答えではない。が、昂平はその一言で芽依の目的を全て悟った。
昂平と芽依は三年間付き合った。即ち、芽依もこの部屋で三年を過ごした事になる。芽依にとっても、この部屋は勝手知ったる我が家とも言うべき場所であった。芽依は女性なので、昂平でさえ知らない物の在り処を言い当てる事さえあったほどだ。
そんな芽依がこの年も迫った年末に、同窓会という外面を取り繕う言い訳があったにせよ、わざわざ上京してまで、借金を申し込みに来た。
昂平は芽依がそう簡単に弱音を吐かない女性だと分かっていた。その強い信念に何度も励まされたほどだ。それに芽依は決してお金に汚いルーズなタイプの人間ではなかった。それは昂平が一番よく分かっていた。そんな芽依が……よっぽどの事だろう事は昂平も直ぐに推察出来た。
「理由はね……」と芽依が言いかけたところで、
昂平が、
「いい」と芽依の言葉を遮るように言った。
「いいんだ」ともう一度、優しく包み込むように昂平は言った。
【芽依は自分の事をよく知っている。
この部屋の事もよく知っている。
そして、あの押入れの中の事も……】
と、昂平は押入れを見た。
芽依も……見た。
昂平はゆっくりと押入れの中を開けた。押入れの中には布団などと共に一個のダンボールの箱が入っていて、
「……いくら?」と昂平が聞いた。
「……三十万あれば……助かる」
昂平はダンボール箱を押入れの中から取り出した。ダンボールの中には現金が入っていた。直ぐに目測は不可能であったが、五千万円くらいはそのダンボールの中に入っていた。
そのお金は未司馬勝と眞由美、そして二人の妹弟が掛けていた保険金であった。家族の死後、昂平が家族の生き残りという事で、その大金を相続した。事件から十四年以上の月日が過ぎたが、昂平はそのお金を当てにせず、大切に過ごしてきた。桃と出会ったあの夜、クラブなどで豪遊したのは、極々稀な事で、これまでの生活はなるべくこのお金に頼らずに生きてきたのであった。
昂平は保険金の半分以上を叔父で弁護士の未司馬護に管理を任せていたが、残りの現金は銀行に預ける事もなく、また金庫などで保管する事もなく、無造作にこのダンボール箱に入れて保管してきた。何を隠そう芽依はこの押入れの中の秘密を知っていた。最初は昂平が銀行強盗などをして得たやましい金かもしれないと思って、怖くて静観していたが、いつしか昂平と過ごすうちに、これがどういうお金か、芽依は薄々気付き始めていた。
人間だから魔が差す事もあるだろう。芽依はこの大金に目が眩んだ時があった。持ち逃げ……そんな考えが頭をよぎった事もあった。が、芽依はしなかった。昂平にとって、ダンボールで保管という一見、とても安易で適当に見える管理態度とは裏腹に、このお金に関する特別な思いは、そばにいるだけで十分過ぎるほど分かった。だから、芽依はこのお金の存在を知っていながらも、昂平と付き合っている当時は贅沢を望まなかったし、冗談でも『あれ、欲しい。これ、欲しい』などとは言わなかった。それを昂平もよく知っていた為、芽依が自分を当てにする、このお金を当てにするという事はよっぽどの事なんだろうと簡単に推測出来たのであった。
昂平は札束を一つ、無造作に掴み、芽依に渡そうとした。
「三十万で……」と芽依は直ぐに受け取ろうとはしなかった。
「いいから」と優しく昂平は芽依にその札束を握らせた。
「早く仕舞って」と昂平は芽依に言った。
「ありがとう……ごめんね」ともう芽依の涙は止まらなかった。
昂平はそんな芽依の泣き顔を見ないように、芽依に背を向け、ダンボール箱を押入れの中に仕舞うのであった。
外では師走の冷たい風が吹いていたが、この部屋の中にはほんの少し外とは違う優しい風が吹いていた。
もう少しで今年も終わりを迎えようとしていた。




