『押し入れの中の秘密-5』
昂平は高層ビルの中にあるカフェの窓から眼下に広がる東京の街並を眺めていた。
【人間なんて驚くほどちっぽけで、無力な生き物なのかも知れない。自分には何が出来るんだろう……もしかしたら、何も出来ないかも知れない。それだって何ら恥じる事はないんだ。出来ない事を嘆き恥じるより、出来る事を精一杯やる。それが人間のあるべき姿なんじゃないか】
「久しぶり」と芽依が少し照れくさそうに来て、昂平の隣の席に座った。芽依は昂平から向かって、右側の席に座った。向かいに座るテーブル席じゃなかった為、二人は自然と隣り合わせに座った。
昂平はすぐに芽依の左手の薬指の指輪に気が付いた。芽依が結婚したのは噂で聞いて、知っていた。純粋に幸せになれて良かったと心の底から祝福した。
芽依はそんな昂平の視線に自らもすぐに気が付いたのか、左手をすっと隠すように話をした。
「元気?」
「ああ」
「……よかった」
「ああ」
「すごい眺め。遠くに見える、あれがミヤシタパークよね?」
「ああ」
「昔、よく行ったね。公園だった頃」
「今も公園だよ」
「そっか……そうだ、私、清水じゃなくなったんだよ」と芽依が先ほどまでは隠していた、左手をそっとテーブルの上に置いた。
「……」
「今は生駒芽依。生駒って、何だか変でしょ?」
芽依は旧姓、清水芽依という名前だった。芽依は昂平と別れるとすぐ東京を離れ、実家のある秋田に舞い戻った。秋田に帰郷後も芽依はやっぱり昂平を忘れる事が出来ずにいた。新しい恋もなかなか出来ずにいた。そんな自分を変えようと参加したお見合いパーティで今の夫と出会い、一年前に結婚をした。
昂平は芽依を見て率直に少し所帯染みたなって思った。それは決して悪い意味ではなく、女性として安らぎを得た証しだと思っていた。
「旅行か何か?」
「違う。大学の同窓会」
「……そっか」
「まだその中の半分以上が結婚してないんだよ。驚いちゃった」
「……」
「……」
それからは会話がなかなか続かず、二人の間はぎこちなかった。時の流れを否応にも感じざるを得なかった。あの頃はちょっとした沈黙は全然苦にならなかった。ただ空気のように隣にいるだけで、何も問題なかった。それが、今は必死に次の会話や言葉を探している。
時の流れ……儚くも無常だった。
そんな時、芽依が、
「コーペイ」と昂平を呼んだ。
芽依は昂平の事を『コーペイ』と呼んでいた。昂平の学生時代からのあだ名で、それを聞いた芽依も気に入って、それ以来、昂平の事を『コーペイ』と呼んだ。
「……私、妊娠したんだ」
「……おめでとう」
昂平は素直に嬉しかった。女性が女性として生きる上での最上の喜びを授かったと聞いて、昂平はただただ嬉しかった。
「……コーペイ」
「……」
「……助けて」
「……」
「お願い……助けて」と芽依は視線を落とした。
「……」
昂平はぎこちなく、それでも心の動揺を悟られないように……ぎこちなく昂平なりの精一杯の笑みを浮かべたのであった。




