『金より大切なもの-5』
桃はスナック『M』のカウンター席にいた。隣には愛美。カウンターの中には美弥子がいた。
「ママ、言ってた通り、警察官には見えないでしょ!?」
「本当……でも、本人を前にしたら、やっぱり失礼じゃない。ねえ?」と申し訳なさそうに美弥子が桃に向かって言った。
「いえ」と微かに微笑んで、桃が答える。
「ママ、違うんだって……これって褒め言葉なんだって」
「褒め言葉になる?」と美弥子がやや意外そうに聞いてくる。
「だってさ、ママと私が、『ホステスには見えない』って、言われたら、普通に嬉しくない!?」
「確かにそう言われれば、そうよね。でも……こちらは警察の方よ。私たちと一緒にしたらいけないんじゃない」と桃を見る。
「一緒よ。女はいつだって、自分では決してなる事が出来ない、もう一人の知らない自分に憧れている。もう一人の自分にはなりたくてもなれない。だから、今の自分を磨いたり、精一杯、きれいになろうと努力するんじゃない」
「そう言われれば、そうだけど」
「違う?」と愛美が桃に聞いてくる。
「……そうかもしれませんね」と桃が微笑む。
「絶対にそうだよ。絶対にそう。はい、決まり」と愛美は自分で完結し、
「ママ、もっと驚きなんだよ」と言う。
「何が?」
「この人、ミニパトに乗ってる駐禁とか取り締まってる婦警さんじゃなくて、刑事なんだって」
「あら、本当!?」と美弥子が驚いたように桃を見る。
「はい」と少し照れたように桃が答える。
「驚きでしょ」
「制服を着れば、きっと誰より婦警さんぽくて、お似合いなんだろうなって想像がつくけど……でも、正直、刑事には見えない」と美弥子がまだ驚きを隠せないように桃を見る。
「ギャップって、絶対に大事」と愛美が立ち上がり、
「明日からフリルのひらひらしたスカートでも履いてこようか」とおどける。
「持ってんの?」と美弥子が聞くと、
「持ってない」と愛美が笑い、桃に向かい、
「持ってない?」と聞く。
「持ってませんよ」と笑いながら桃が答えたのであった。