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『忘れられぬ人-3』
スナック『M』のカウンターでは昂平がまだ飲んでいた。飲んでいると言っても、今、飲んでいるビールで、二杯目である。だから、量的には大して飲んではいなかった。
店の扉が開き、カウンターでママの美弥子が、
「遅かったじゃない。寄り道でもしてたんでしょ?」と入り口の訪問者に声をかける。
「ママ、違うんだって……人助けしちゃった」と愛美が答える。
「人助けって……」と愛美と美弥子がやり取りをしている。
昂平が何気なく愛美に目をやる。
「!」
昂平は愛美から目を離さなかった。いや、離す事が出来なかった。一瞬、時間が止まったように思えた。全ての音が消えたような気がした。それ位の衝撃だった。
「あら、見慣れない顔。初めまして」と愛美が昂平に挨拶をする。
「……」
昂平は尚も愛美をじっと見つめる。
「今日はこれでもかって、よく見つめられる日だ。ママ、何か、顔についてない?」と心配そうに愛美が聞く。
「どれ、どれ?」と愛美と美弥子がやり取りをしていく。
昂平はただ、フリーズしたかのように、愛美だけを見つめていたのであった。