『忘れられぬ人-2』
桃もまた昂平と別れた後、家に帰る気にはなれず、夜の繁華街をさまよっていた。私服姿の桃を見て、刑事だと言い当てる人はほぼほぼ皆無だと言っていいに違いない。
そんな桃がふとした拍子で裏路地に入った所で、またもや若い男たちが声をかけてきた。
「こんばんは」と桃の行く手を二人の男が遮り、桃の足をどうにか止めようとする。
これで今日、桃に声をかけてきたのは五組(人)目。正味、小一時間歩いただけで、この人数である。
「可愛いね」
「いくつ?」
「待ち合わせ?」
「奢るよ」
「お腹、空いてない?」
「LINEでいいから教えてよ」
男たちは立て続けに桃に質問などを浴びせかける。これらの男たちの問いかけに桃は一切、答えない所か、リアクションもしない。そのまま、男たちを無視し、歩いていこうとする。
「ちょっと待ってよ」とその時、男の一人が桃の肩を掴む。
その時、桃が初めて男たちに対して、リアクションをし、立ち止まる。
「カラオケでも行かない!?」
「良い店も知ってるし」とようやく立ち止まった桃に対して、男たちは脈ありと感じたに違いない。
「ねえ」ともう一度、馴れ馴れしく桃の肩を男の一人が触ろうとした時、桃がその腕を取り、関節を決める。
「イテテテ」
桃は男の腕を解き、すぐさま、警察手帳を男たちに見せ、
「逮捕されたい?」と桃が言うも、
「はっ? 婦人警官!?」
「すげえ、本物かよ」
「ミニスカポリス」
「リアルコスプレして欲しい」
「やべえ、興奮する」と怯む所か、先ほどまでとはちょっと異質なテンションで桃に詰め寄っていく。
「いい加減にしなさい」とは言うものの、桃は二人の男の異質なテンションに圧倒され、ジリジリと後退する。
桃が後退りしたのを見て、自分たちの行動に拍車がかかったように、こちらもじりじりと桃を追い詰めていく男たち。
「こんなドラマみたいな可愛い婦人警官いんだあ」
「お願いだから、遊んで下さいよ」
「逮捕していいからさあ」と尚も桃を路地の塀などに追い詰めていく。
その時、「あんたたち、何してんの?」と愛美が声をかける。一見して、夜を商売にしている女と分かる風貌だった。
「こっちは大人の女って感じでいいんじゃん」
「俺はやっぱりミニスカポリスだな」
「お前ら、イカれてんな」と愛美が言う。
「はっ、何? ……オバサン」
「オバサン? 誰に向かって、言ってんの?」
「おたく」と男の一人が愛美を指して、笑う。
「他にいないでしょ?」
「オバサンはやっぱり邪魔だから、どっか消えてよ」と男の一人が無造作にナイフを取り出す。
桃と愛美の表情が変わる。
その時、明らかに筋モンと分かる五、六人の男たちが通りかかる。
若い男たちの仲間なのか? ……それだったら完全に万事休すである。
「愛美さんじゃ、ないっすか。どうかしました?」と筋モンの男の一人が声をかける。
さらに、もう一人の別の男が、若い男たちが持っているナイフを見て、
「お前ら、何じゃ、そりゃ?」
「やべっ」とナイフを出していた若い男たちの一人が慌ててナイフを後ろ手に隠す。
「お前ら、どこのモンじゃ? ここが東栄会のシマって、分かってやってんのか?」と筋モンの代表格が若い男たちに詰め寄る。
「すいません」と今にも消え入りそうな声で若い男たちが答える。
「よく聞こえねえなあ」と尚も、筋モンの一人が詰め寄ると、
愛美が、
「早く消えな」と若い男たちに逃げるように促す。
「いいんすか?」と腕を撫していた筋モンの一人が、がっかりしたように言う。
「すいません。失礼します」と若い男たちが立ち去ろうとするも、
「ちょっと待った」とやっぱり愛美が呼び止める。
「やっぱり、やっちゃいますか?」とさっきまで腕を撫していたがっかり筋モンがまた、拳を鳴らし、言う。
「そういえば、さっき言ってたオバサンって、誰?」と愛美が若い男たちに聞く。
その愛美の問いかけに筋モンの代表格が苦笑いをする。
「(オバサン)いる?」と愛美が聞く。
「……いません」と若い男たちが答える。
「よく聞こえない」
「いません」
「美人でキレイなお姉さんは?」
「います」と愛美を指す。
「はい。行ってよし」と愛美が若い男たちに合図する。若い男たちは一目散に走って逃げていくのであった。
「ありがとう。また店に飲みに来てよ」と立ち去っていく筋モンたちに愛美が声をかける。
「大丈夫?」と愛美が桃に聞く。
「ありがとうございました」と桃が頭を下げる。
「あんた、ポリ!?」と愛美が桃の持っていたバッグからはみ出ていた警察手帳を見て言った。
桃が慌てて、警察手帳をバッグの中に仕舞う。
「さっきの若い子たち、いい度胸だね。婦警をナンパするわ、警察手帳を見せられても、怯む所か、逆にやる気になるって」
「……」
「今度は拳銃を突き付けてやればいい」
「……」
「普段は持ち歩かないか」
「……」と桃が愛美の顔をじっと見つめる。
「……何か、顔についてる?」
「……いえ」
「そんなに見られたら、小じわが思い切りバレるじゃない。あっ、ヤバい。買出しの途中だった。ママに怒られちゃう。じゃあね」と桃に軽く手を振り、愛美がその場を後にする。
「……」