『躊躇い-5』
『坂西家代々之墓』と刻まれた墓石の前で昂平が合掌している。誰かが来る気配を察して、その方を見る。
桃がやって来る。
「……」
「……」
お互いを見つめる二人。
週刊ツイセキ編集部の部内会議室で朋美と三宅がいて、
「気が付いたんです」と朋美が言った。
「何に?」
「未司馬家殺人事件……最後に殺されたとされている母親の眞由美には確か、抵抗した跡はありませんでしたよね!?」
「ああ」
「かといって、ロープなどで縛って、自由を奪われた形跡もありませんでしたよね!?」
「ああ」
「それだとおかしいんです」
「……」
「どんな形にせよ、未司馬眞由美は少なくとも一時間位は犯人と対峙したはずなんです」
「……」
「その場合、二つのケースが考えられると思うんです」
「……」
「一つ目は……犯人は気絶させるか、眠らせるかして、気を失った未司馬眞由美の寝顔を一時間近く見つめていて、一時間後、未司馬眞由美が目を覚ました時に、すぐさま、抵抗させず、瞬時に殺害した」
「有り得ない」
「そうなんです。どんな、鈍感でも……私、一度寝たらかなり眠りが深い方なんですけど……」
「……」
「そんな私でも、五分も経たずに気がついて、目が覚めたんです」
「昨日の実験結果ね」
「沢山のサンプル調査をした訳じゃないので……推測の域は出ないんですけど……そんなに大差はないと思うし、一時間もなんて……」
「睡眠薬などを服用させたりしない限り、一時間も相手に気付かれず、寝顔を見続けるなんて事は……」
「不可能に近いんです」と朋美がきっぱりと言う。
「それに……確か……」と三宅が何かを思い出した時に、
朋美が、
「警察が発表した未司馬眞由美の遺体検案書には、眞由美が睡眠薬などを服用した痕跡はないと書いてありました」
「待てよ……未司馬眞由美は心臓を一突きで殺された事が直接の死因だが、確か、首にも頸部圧迫の跡があったはずだ。首を絞めて気絶させ、やがて、眞由美が目を覚ましたと同時に心臓を一突きすれば……」と三宅が自分の考えを整理しながら話していく。
「確かにその可能性はあります……が……」
「が?」
「一度、首を絞められて殺されかけてるんです。間違いなく相当な非常時だったはずなんです。そんな状態で、次に目を覚ました時、然したる抵抗もせず、また心臓を一突きされるなんて、考えられない」
「じゃあ、こうは考えられないか?」と三宅は朋美に問いかける。
「犯人は眞由美の首を絞め、気絶させ、そのまま眞由美の意識が回復しないうちにとどめをさした」
「それなら犯人が一時間も待つ理由は何です?」
「……躊躇い」
「そこなんです」と朋美がある核心に触れたかように言った。
「……」
「躊躇い……迷い」
三宅が何かに気付いたかのように、
「そっか……つまり……」
「二つあるうちのもう一つのケース」
「……」
「一時間も犯人と対峙していたのに、未司馬眞由美が抵抗しないでいた理由は……」
「……未司馬眞由美と……」
「犯人は顔見知りであった」
「犯人は眞由美を殺す事に躊躇いを感じていた……即ち、少なからず情があった」
「はい」
「限りなくゼロに近かったが、可能性を捨て切れなかった……」
「全くの第三者による通り魔的な犯行ではなくなったという事」
「よしっ、早速、ぶち抜きで特集を組むぞ」と三宅が勇んだ様子で部屋を出て行く。
朋美の表情には一種の達成感と、爽快感がみなぎっていたのだった。