『躊躇い-4』
【不機嫌。ああ、イライラする。断言するが、女性が月に一度、決まってあるあの日じゃない。羽があったら飛んで行きたい。羽と言ってもふわふわな柔らかい羽毛のような羽じゃなく、ジャンボジェットのようなごつい羽。翼。ふんわりふんわり飛ぶんじゃなく、ビュッと音速で飛んでいくような、そんなイメージ】
週刊ツイセキ編集部では朋美が自分のデスクに座り、何人たりとも近づけないようなオーラを出していた。
が、それに気が付かず、いつものようにお気楽な感じで出社してきた川村が、
「おはよーございます」と朋美の肩越しから挨拶をする。
【スイッチオン。ロックオン】
他の皆が朋美に近付かないように、即刻、離れるように、川村にジェスチャーなどで伝えようとするが、やがて、触れてはいけないものに触れてしまった人を見てしまったかのように、知らん振り。見知らぬ振り。
「やばっ」と川村がやっと皆のアピールの意味に気が付き、
「あっ、朝飯、買ってくんの忘れた」と慌てて退避しようとするが、時既に遅し。
川村が朋美に腕を掴まれ、
「思ったよりいい筋肉してんじゃん」
「まあ」
「すんごい華奢なの」
「はい?」
「この前、携帯にあんな電話があったでしょ」
「はい?」
「最終警告みたいな、脅しの」
「はい、はい」
「だから、寝込みを暴漢に襲われたと思って、ほんのちょっと……ほんのちょっとだよ」
「痛い……痛いです」と川村の腕を朋美がギュッと力強く掴んでいる。
「だから、ちょっと無我夢中で抵抗したら、あっさり……」
「……」
「あっさり楽勝」
「で?」
「ごめんね、ごめんねって、謝った」
「暴漢に?」
「馬鹿じゃない。違う」
「じゃあ、誰にです?」
朋美が喋らず、親指を立てる。
『元彼か』と川村はやっと状況が飲み込めてきた様子で、
「本来はMな方だから」と朋美がしおらしく言う。
「意外」と川村がポツリと呟く。
「強い女は苦手って」
「……フラれました!?」
「何言ってんの? 勘違いしないで」と朋美が川村の首を絞めんかの勢いで突っかかっていくも、同僚たちが慌てて、二人の間に入る。
「こっちから願い下げよ。甲斐性なしで、力もなくて、頼りない、ないない尽くしの年下男なんて、こっちからお断りなの」
「朋美さんの本当の魅力に気付かない、そんな男はダメダメのダメダメだあ」と半ば自棄気味に川村が言う。
「ねえ?」と朋美がまたしおらしい女に戻る。
「はい?」と川村は何故だかいい知れぬ恐怖に武者震いをする。
「私の魅力ってさあ、何?」
「……魅力ですか?」
「そう」
「……そうだなあ」
「何?」
「えーと……」
「……何?」と朋美がだんだんイライラして不機嫌になっていくのが、はっきりと分かる。
「よく気が付く事。周りが見える事。仕事に妥協しない事、出来る女っていうか、憧れるっていうか……」
「そんなに……」
「まだまだありますけど……言いましょうか?」と明らかに口からでまかせを川村が勢いで言ってしまう。
「本当に?」
「そんな朋美さんの魅力に気付かないなんて、道端に一万円札が落ちてるのに、気が付かない位、盆暗で、しょーもない野郎だ。そんな男はこれから先、きっと良い事ない。絶対、地獄行き。八つ裂き。釜茹で。火炙りの刑」と勢いのままに、思いつく限り、川村が喋っていく。
「そんなに悪く言わないで」
「でも……」
「私の寝顔を見たかったって……寝顔が可愛いって、言ってくれたんだから」
川村、やっぱりまたもや武者震い。
「どうしたの、風邪?」と無邪気に朋美が聞く。
「……そうかもしれません」
「そろそろ、いいかな?」と部屋の入り口の所で、三宅が思いっきり入り辛そうに立っていて、
「おはよう……寝顔がどうしたって?」と三宅が自分のデスクの方へ歩いていく。
「そうだ! 寝顔、寝顔。編集長」と朋美が三宅の後を追っていく。