『もう一つの別の家族の悲劇』
『もう一つ別の家族の悲劇』
桃はラーメン店の行列に一人で並んでいた。
【一人でラーメンを食べるのに何の抵抗もない。ラーメンはただひたすら黙々と食べるものだと思ってるし、一人焼肉、一人カラオケ、一人旅、何でもOK。
ただ、一人が好きな訳ではない。一人でも問題がないというだけだ。誰かとわいわいやるのも、もちろん大好きだし、今日だって、誰かと一緒に食べれれば、それに越した事はなかった。誰かと一緒に……】
桃はそれ以上考えないようにした。
【このラーメン屋は昔から家族でよく来ていた。昔から味はとても美味しかったが、こんなに繁盛し出したのは最近だった。タレントの誰かが穴場の店みたいな感じで、この店を紹介してからこの混み様だ。堪ったもんじゃないが、月に一度、判で押したようにこの味が恋しくなる。だから、今は少し離れた町に住んでいても、思い出したようにこうやって足を運んでくるのだ。
忘れられない何かを人は必ず抱えている。
懐かしい思いを人は必ず抱えている。
それを押し隠したままいるのか、傷つく事を恐れず立ち向かうか……ここで全てが決まる。
子供の頃……懐かしい。
あれは私が十歳の時だった。
あの頃、私はアイススケートに夢中だった。
あの頃はオリンピックを本気で目指していた。
純粋だった。
信じて疑わなかった。
汚れを知らなかった。
遠くから見るスケートリンクのように真っ白だった。
毎日、毎日、飽きもせずスケートリンクに通った。平日は学校が終わってから、土日は朝から。
家族も皆、私を応援してくれた。
友達も勇気付けてくれた。
でも、挫けそうな時もあった。
負けずに頑張ろうと思ったけど、ダメだとあきらめそうになった時もあった。
そんな時、月に一度は家族でこのラーメン屋に来た。
かじかむ心や体がぽかぽかになった。
自分は一人じゃないって、思う事が出来た。
だから、今日は一人だろうと、何十分も待たされようが、ここのラーメンを食べたいと無性に思うのだと思う】
あと何人かな? と桃は行列の先に目をやった。