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スウィートビター  作者: そらあお
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『雨の日に』

『雨の日に』



 一瞬の真っ暗闇の後、眩しいほどのライトや無数の不規則な照明がフロアに注いでいる。そして、耳をつんざくほどの大音響。小気味のいいリズム。


 場所はクラブ。フロアでは人がうごめく様にして踊っている。日頃のストレスや憂さを晴らす為に、そして、己の顕示欲を満たさんが為に。

最先端の時代を先取り……そういってみたところで所詮、人間の行動パターンなどたかが知れていて、人が集う場所も案外限られていたりする。


「こんなもんかと」と未司馬昂平ミシバ コウヘイは思った。


期待ほどではなかった。それにもまして、クラブのVIPルームから見るフロアの光景は滑稽にさえ思った。


「何がおかしいの?」と昂平の隣に座っていた女が言った。

女はこれ以上ない短いスカートを履いていて、スカートの奥がセクシーなのか、それとも下品なのか、見え隠れしていた。


一瞬にして昂平の表情が変わった。が、昂平はそれを悟られないようにしようとはした。昂平はいつの頃からか人に笑った顔を見せるのが苦手になっていた。苦手だと思ううちに、人前で笑うのが恥ずかしいと思うようになった。そして、やがて、昂平は人前ではめったに笑わなくなっていた。


今も決して笑っていたわけではなかった。ただ少しだけ滑稽に思えただけであった。

 


 昂平はクラブのVIPルームで一緒だった女とタクシーを降りた。昂平にとっては隣にいる女はどうでもいい女だった。女にとっても昂平より、昂平が持っていると踏んだ金に引き寄せられていた。昂平ももちろん、そんな事は端から分かっていた。昂平にとってはこのどうでもいい女にこそ、今日はそばにいて欲しかったのだ。お互いが割り切っている。それで良かった。


「ここ、何処?」と女が聞いた。

その後、立て続けに「高層ホテルじゃなくて、ラブホなんだ? で、近く? こんな所にラブホあんの? 歩くの?」と明け透けに聞いてきた。


 昂平は一軒の家を指差した。昂平が四歳の頃に母親に手を引かれて移り住んできた家が目の前にはあった。

「(あんたの)家?」と女はあからさまにがっかりした様子で聞いてきた。


「こんな町に住んでるの? 案外、庶民的」と女は鼻で笑った。


昂平は何も言わず、家の中に入っていった。



 昂平の母親は料理の上手な人だった。出来合いのもので済ませるような事はせず、大体の物を手作りで作ってくれた。昂平はキッチンに立つ母親を思い浮かべていた。

 

「臭くない?」と女はあからさまに鼻を押さえながら言った。何日も何ヶ月も家の中に風を通していないのでかび臭い匂いが確かにした。が、微かにだと昂平は思った。よっぽどお前の無責任で独りよがりな香水の匂いの方が気になると言いたかった。


それでも、「ここには住んでないから」と昂平が電気スイッチの在り処を探しながら言った。


「へえ」と女は言った。暗闇で良く見えなかったが、昂平には小ばかに笑う女がはっきりと見えたような気がした。


昂平は電気を点けるのを止め、女を見つめ、

「ところで、いくら欲しい?」と聞いた。


「はっ?」と女は暗闇に見え隠れした昂平の顔を見て一瞬、たじろいだ。


「いくら?」と昂平が女に詰め寄る。


昂平の顔は笑っていなかった。というより、一瞬、狂気が見え隠れしたかような、そんな雰囲気をかもし出していた。


「五万……いや、十万」

女にとってははったりだった。

「美味しいもんでも食べれればいいや」と女は昂平に誘われた時からそう思っていた。


「分かった」と昂平は驚くほど、呆気なく答えた。

直ぐ様、「じゃあ、服を脱いで」と昂平は平然と言った。


「ここで?」と女は今までには見せなかったちょっとした恥じらいを見せた。


「ああ」


女は一枚ずつ、服を脱いでいった。


外は雨が降ってきていた。雨は、はっきりと雨音を増していった。


外から射し込む微かな月明かりが女を妖しく浮かび上がらせていた。

昂平はそれをただ、じっと見つめていた。何も感じなかった。高揚するものは皆無に等しかった。目の前で女が裸になっていく。それでも、ただただ冷静でいられた。


女が全てをさらけ出した時、昂平は手を叩いた。祝福するかのように手を叩くが、やっぱり顔は笑っていなかった。


「醜い」


「はっ?」


「薄汚い」


「私が?」


「……」


「ふざけないで」


「ほら」と昂平は徐にお金を辺りにばら撒く様に投げた。優に十万円以上はあった。


「何様のつもり? 人をバカにするのも……」と女が言いかけた所で、不意に昂平は女の首を絞めた。女は不意だった為か、然したる抵抗も出来なかった。ただ、もがき苦しむだけだった。女の命は昂平の手の中にあった。が、突然、昂平は女の首を絞める手を緩めた。


「汚ならしい」と昂平は今まで女の首を絞めていた手を着ていた服で払った。


女はすんでのところで取り留めた命をさも誇示するかのように、荒い息遣いをし、ゲホゲホと苦しがった。


昂平は平静を取り戻したかのように、先ほどまでとは別人のように、「すまない」と辺りに散らばったお金をかき集め、さらに財布の中から一万円札を十数枚ほど足し、まだ苦しむ女の傍らに置いた。


外で降り続く雨が先ほどまでにも増して、窓を叩いていた。




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