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スウィートビター  作者: そらあお
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『二人の父親』

『二人の父親』



 昂平は今日も黙々と働いていた。昂平は決して不平不満を言わない。いつの頃からか、言っても無駄、仕方がないという事に気がついたからだ。

ある人から見れば、物凄く従順な人間に見える。それが昂平であった。


「昂平、お客さん」と社長の佐藤が昂平に声をかける。


「客!?」と昂平が表の方を見る。


工場の表で藤田哲平フジタ テッペイが立っていた。


「昂平、早めに昼休みをとっていいぞ」と佐藤が言った。


「はい」とだけ昂平は答えた。



 昂平と藤田は公園に場所を移していた。

公園では幼少の子供たちが、母親などに見守られながら無邪気に遊んでいた。時間を忘れて遊ぶ。一番の幸せかもしれない。昂平にはこうやってはつらつと遊んだ記憶がほとんどない。もちろん、遊んだ事がないはずはないのだが、はっきりと一つだけ言えるのは、父親と遊んだっていう記憶が全くない事だ。小学生の頃は友達もあまりいなかった為、遊ぶのは大抵一人っていう事が多かった。


 昂平と藤田がベンチに座っていた。

藤田はヨレヨレのコートを膝の上に置いていた。

微妙な距離間で、昂平だけが弁当を食べていた。


「お茶」と藤田が昂平にペットボトルの飲み物を渡す。昂平はそれに対して、特に返事もリアクションもせず、蓋を開けて、飲み物を飲んでいく。


 藤田は昂平の実の父親であった。

藤田と昂平の母親の眞由美は同じ信用金庫に就職して、歳は同い年であったが、藤田は高卒、眞由美が大卒であった為、入行は藤田の方が眞由美より四年早かった。


 二人の恋の始まりは藤田の一目惚れであった。美しさに何とも言えない気品を兼ね備えていた眞由美に藤田が猛烈にアプローチをし、二人は出会ってから、一年ほどで結婚した。結婚して、すぐに二人は子供を授かった。二人はその男の子に昂平と名付けた。


 藤田は今でこそ年相応の穏やかさを漂わせてはいたが、若い頃はとても気性が激しかった。それに酒を飲むと気が大きくなるタイプであった。

 今で言うDV。いつの頃からか、藤田は眞由美に暴力を奮うようになっていた。藤田は平素は穏やかであったが、時折、気に入らない事があると、その反動かのように、凄まじく暴れた。それにとうとう耐えられなくなった眞由美は昂平が二歳の頃に藤田と離婚したのであった。


 『未司馬』というのはとても珍しい姓である。一家の殺人事件があった当時、近所の人や事件を知る人は『未司馬』という名前を聞くだけで、昂平の事を事件の唯一の生き残り、さらに悠現社が行ったキャンペーンに際しての昂平犯人説論も手伝い、昂平の将来を慮った周囲の人たちからは『未司馬』の改姓を勧められたが、昂平は頑として受け付けなかった。


 昂平は改姓問題の際、候補に挙がった実父の『藤田』という姓に対しては、極端に拒否反応を示した。母親の眞由美の旧姓の『中川』という選択肢もあったが、眞由美が藤田との結婚、離婚の際に実家との関係がこじれて、絶縁状態だった為、必然的に『未司馬』と『藤田』の二者択一の形になっていた。


 『藤田』にだけはなりたくない、それが昂平の率直な心境であったに違いない。


 『自分には父親がいなかった』という悲しい思いが、今の昂平を形作ったと言っても、過言でないだろう。大人の事情なんて、どうでもいい。唯一つの現実として、自分のそばには本当の父親はいないという事。昂平は物心ついた時から、大人に対して、決して我がままを言わない子供になっていた。単純に思えば、とても扱い易い子と受け取られがちだが、もう片方の側面を見た時、『可愛げのない子』と感じる向きもあったはずだ。昂平に対して、正しくそう感じてしまったのが、昂平が四歳の頃に母の眞由美と再婚したもう一人の父親である未司馬勝であった。


 昂平は父親と遊んだ記憶がない。藤田とはもちろんの事、もう一人の父親である勝ともである。


 望んでも受け入れられない現実、それと幼くして向き合わざるを得なかった時、昂平に悲しい陰が宿ったのかもしれない。


 それでも、昂平は大人になった。二十八歳の大人になった。最近はこうやって、藤田と会うのも、然して抵抗はなくなっていた。


「今度の仕事は長く続いているじゃないか」と藤田が言った。


「……」と昂平は黙々と弁当を食べた。


「みんないい人か?」との藤田の問いかけには昂平は黙って頷いた。


「良かった」と藤田は昂平が食べている弁当を見て、

「やっぱり親子だな」と笑みを浮かべた。


「?」


「ハンバーグ」と藤田は昂平が食べている弁当のおかずの一つのハンバーグを指して言った。


昂平の顔が一瞬だけ、照れたように見えた。


「一番の好物を最後に食べる癖。お母さんもそうだった」


が、すぐさま、昂平はハンバーグをパクリと食べる。


「……」


昂平はまた黙々と弁当を食べていくのであった。




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