『事件のあらまし-6』
桃と上村は食事を終えていた。
だいぶまばらになった店内を見て上村が、
「お姉さん、あっちに移っていいですか?」と店内の端の席を指し、店員の年配女性に聞く。
「どうぞ」と愛想良く応える店員。
「ごちそう様。こっちは片付けていいですから……あと、ビール、もう一本ね」と上村がグラスを手に席を移る。
「あいよ」と終始、気風の良い店員。
桃も遅れて席を移り、
「もう一回、もう一回、言って貰えますか?」と上村が周りを気にして桃に言うが、すぐさま「待って」と桃を止める。
店員が来て、
「はい、ビール」
「ありがとう」と上村が応える。上村、店員が離れたのを見て、
桃に向かい、手で話すように合図をして、
「だから、上村さんも犯人は未司馬昂平だって考えてますよね!?」
「……」
「違います?」
「……どうして……どうして、そう思うんです?」
【仕事終わりの一杯は美味い。仕事が充実しているなら尚更だ。タバコもすっぱりとやめた……いや、やめよう。出来れば目の前には愛するダーリンがいてくれれば最高なんだけど……贅沢は言わない。ぶっちゃけ、酒の味は変わらないんだし。でも、もうすぐクリスマスだ。どうしよう……ああ、深く溜め息】
バーのテーブル席で朋美と三宅が酒を飲んでいて、
「どうして……どうして、未司馬昂平がやっぱり犯人だって思うんだ?」と三宅が朋美に聞いた。
「それは……」
大衆食堂では桃と上村が、
「事件の捜査資料は全て読みました」
「……」
「何度も、何度も」
「……」
バーでは朋美と三宅が、
「昂平は父親の勝とうまくいっていなかった」
「……」
「事件が起こる何日か前にも、昂平と勝が言い争う声を近所の住人が聞いてます」
「……」
大衆食堂では桃と上村が、
「そして、二人は……未司馬昂平と父親の勝は血が繋がってはいなかった」
上村が小さく頷いた。
「未司馬昂平の母親の眞由美は勝とは再婚で、未司馬昂平は眞由美の連れ子だった」
バーでは朋美と三宅が、
「昂平の本当の父親は勝ではない」
「つまり……」
「長女の早季子、次男の晃勝は二人が再婚してから産まれた子供なので」
大衆食堂では桃と上村が、
「未司馬昂平だけが、勝にとっては本当の子供ではなかった」
「……」
「それに家族の遺体にも疑問があります」
「……」
バーでは朋美と三宅が、
「当時の警察の発表によると……」と朋美が手帳を見ながら、
「父親だけ、父親の勝だけ十数ヶ所の刺し傷がある」と三宅が言った。
「はい」
大衆食堂では桃と上村が、
「死因は……長女と次男は首を絞められた事による頸部圧迫。母親にも強く首を絞められた跡がありましたが、直接の死因はナイフか何かで心臓を一突きにされて殺された事によるものです」
「……」
「そして、何より、一番のキーポイントは家族が殺された順番です」
「……」
バーでは朋美と三宅が、
「えーと、警察の発表によると……」と朋美が尚も手帳を見ながら、
「次男、もしくは長女……」
「どちらにしても、幼い子供二人が先に殺害されたと警察は見ている」
「はい」
大衆食堂では桃と上村が、
「次に父親の未司馬勝が殺された」
「……」
「十数回も刃物を突き立てられ」
「……」
バーでは朋美と三宅が、
「最後に母親の眞由美」
「眞由美が最後に殺害されたのは間違いない」
「はい」
「眞由美だけ……」
大衆食堂では桃と上村が、
「未司馬眞由美だけ……母親の眞由美だけが、他の三人より、一時間近くも死亡推定時刻が遅い」
「……」
「そこで考えられるのは……」
バーでは朋美と三宅が、
「犯人は母親の眞由美の殺害だけ、躊躇った」
「もしくは……」
大衆食堂では桃と上村が、
「母親の未司馬眞由美だけは殺したくなかった為、必死に生きる事を、もしくは一緒に逃げる事を説得したのかもしれません」
「……」
バーでは朋美と三宅が、
「説得に破れて」
「已むに已まれず」
大衆食堂では桃と上村が、
「心臓を一突き……」
「……」
「母親まで殺害してしまった」
「……」
大衆食堂とバー。
それぞれの場所で桃と上村、朋美と三宅が想像したもの。それは……
心臓の辺りから鮮血し、倒れている未司馬眞由美。
傍らで刃物を手に呆然と立ち尽くす……当時十四歳の未司馬昂平であった。
バーでは朋美と三宅が、
「そう考えれば全ての辻褄が合います」
「……」
「それに……」
大衆食堂では桃と上村が、
「未司馬昂平は両親と妹弟が掛けていた多額の保険金を手に入れている」
「……」
「その額、二億円くらい」
バーでは朋美と三宅が、
「中学生が保険金目当ての殺害をするか!?」
「結果的にかも知れないけど、未司馬昂平が多額の保険金を受け取ったのは事実です」
「確かに……でも」
「何です?」
「警察も俺たちマスコミもお人好しじゃないし、馬鹿じゃない」
「……」
「悠現社……知ってるな!?」
「もちろん。うちのライバルっていうか、日本を代表するメジャーな出版社じゃないですか」
「悠現社が事件後しばらくしてから大々的にキャンペーンを張った」
「どんな?」
「正しく一緒だよ。未司馬昂平が犯人だって。その頃は未司馬昂平は未成年だったから、もちろん一家の長男がって感じの報道だったがな」
「それで?」
「結論から言うと、追及に挫折をして、悠現社は謝罪の文章を自社の雑誌やホームページ、そして、全国の新聞に掲載するハメになった」
「どうして?」
「最後の壁がどうしても崩せなかった」
「最後の壁!?」
「事件当日、未司馬昂平が友達の家に泊まっていたというアリバイさ」
「……」
「そのアリバイだけはどうしても突き崩せなかった」
「トリックや穴があるのかもしれない」
「確かに、そうかもしれない」
「ですよ。そこをしっかりと、もう一度、調べ直して」
三宅の表情が曇って、
「……」
「……どうしたんです?」
「もう……不可能なんだ」
「どうしてです?」
「絶対に不可能なんだ」
「……」