『事件のあらまし-5』
【メニューがたくさんある。何種類あるんだろう? 数え切れない。豚のしょうが焼きもいいし、ミックスフライも気になる】
「こういう所は初めてですか?」と上村が桃に聞いた。二人は大衆食堂にいた。
「昔、一度だけ」
「誰とです?」
「父親とです。小さい頃、習い事の帰りに、一緒に」
「お先にビール」と年配の女性店員がビールとグラスを二つ置いていく。
上村がビールを手にするが、
「注ぎます」と桃が手を差し出す。
「どうぞ」
「すいません」と恐縮しつつも、上村が桃に酌をして貰う。
【帰らせない。早く帰っても仕方がない。もう愛しのダーリンはいない。仕事命の女です。演歌をしみじみ歌いたい。そんな夜、冬。寂しい。だから、帰らせないアピール。先輩はこんなに頑張ってますよっていう無言のプレッシャー。どうだ】
「じゃあ、お先です」と川村は皆に挨拶をしてさっさと編集部を後にし、帰っていく。
「ありゃ」と朋美は拍子抜けした。
【さっさと帰りやがった。先輩がこうやってプライベートを削ってまで、仕事をしてるのに、この野郎。あいつは伸びない。以上。結論】
朋美がパソコンでインターネット検索をしている。朋美が検索エンジンに『未司馬家一家殺人事件』と入力し、クリックボタンを押した。
【こういうのってある意味、ギャンブル。赤か青か? 丁か半か? さあ、どっち? 豚のしょうが焼きにミックスフライ。全く対照的。出来る事なら両方食べたい。でも、胃袋的に無理。もしも、食べれたら大食い女王選手権にエントリーします】
桃と上村が大衆食堂で食事をしている。
上村が箸を割り、食べようとする。
「いただきます」と桃がしっかりと両手を合わせ、豚のしょうが焼きを食べていく。
上村も桃に影響され、両手を合わせ、でも、気恥ずかしさからか、ぼそっと「いただきます」と食べ始める。
【正解。ミックスフライを食べていない段階で軽々には言えないけど、今日は豚のしょうが焼きで正解という事にしよう。うん? カレイの煮付けも気になる。気になる、気になる】
「それ、少し貰ってもいいですか?」と桃が上村が食べているカレイの煮付けを指し、
「どうぞ」
「やりっ」と茶目っ気たっぷりに桃が上村の皿に箸を伸ばし、食べる。
「うまっ」
桃、自分が食べていた皿をほんの少し前に出し、
「しょうが焼きもどうぞ」と上村に促す。
上村も豚のしょうが焼きを食べ、
「そっちの方が正解でしたね」と小声で言う。
「そうですか」と桃は言ってはみたものの、豚のしょうが焼き正解だったと心で確信していた。
そして、
「もう、あげませんよ」と桃は茶目っ気たっぷりに笑ったのであった。
【煙のない所に火は起きない。推定無罪……人は考えれば考えるほど迷宮に落ちる事があるけれど】
朋美が一人、週刊ツイセキ編集部でインターネットなど『未司馬家一家殺人事件』の調べものをしている。
三宅が来て、
「まだいたのか!?」
「編集長」
「うん?」
「未司馬昂平……調べれば調べるほど、怪しく思えてきます」
それが朋美の偽らざる事件の印象であった。