『悲しみバレンタイン-4』
そうこうしているうちに、今年もカレンダーが早くも一枚捲られ、二月になっていた。
桃はその日、ふらりとデパートの地下街に立ち寄っていた。どこもかしこも、バレンタインの催しで賑やかだった。最近はチョコレートを売りたい企業や、それに後押しされたマスメディアなどの影響で、男子から女子に送ったり、女子から女子に送ったりする事もあるそうだ。が、本来、バレンタインデーは女性が年に一度だけ、好きな男性にチョコレートを渡し、告白をする。それこそがあるべき姿だし、本当の目的なんじゃないかって、桃はそんな事をぼんやりと考えていた。
【バレンタイン……
甘い思い出もあれば、そうではなく、ちょっとほろ苦い思い出もある。
二月十四日は女の子にとって……そして、私にとっても思い出深い一日である事は間違いない】
と、桃は今日はチョコレートではなく、デパートの地下街の別の目的の店を目指しながら、そんな事を考えていたのであった。
昂平は今日も愛美の面会に多摩西署の留置所を訪れていた。愛美は今日はとてもウキウキとしている様子だった。それはもう一目瞭然であった。
「息子が高校に合格したの」と、とても嬉しそうに愛美が言った。
「良かった」
「第一志望校じゃなかったけど……でも、無事に受かったみたい」
「……おめでとうございます」と昂平はそんなありきたりな言葉しか愛美にかけてあげられなかった。
「それに……それだけじゃないの」と愛美が更に目を輝かせて言った。
「……」
「もしかしたら、息子と一緒に暮らせるようになるかも知れないの」
「本当ですか!?」
「夫がまだ内々にだけど、親権を譲渡してもいいって」
「……」
「……良かったですね」とやっぱり、ありきたりな言葉しか愛美にはかけてあげられない昂平であった。
「ここを無事に出れたら……夜の仕事も辞めようと思う」
「……」
「今度こそ、真っ当な母親にならなくちゃ」
【母親と二人きりで暮らす。きっと、母親も子供も待ち望んでいた喜びかも知れない。もしも、自分も母親と二人きりで暮らしていたならば……暮らしていけたならば……きっと……あんな事件は……】
「昂平くん……昂平くん」という愛美の問いかけで、やっと昂平が我に返った。
「ごめんね……」
「……」
「お父さん、残念だったね」
「……」
「そろそろいいかな」
「?」
「ママが……スナック『M』の美弥子ママが鍵を預かってる」
「鍵!?」
「たぶん、駅のコインロッカーの鍵だと思う」
「……コインロッカー?」
「お父さんに預かってたの。自分が東京を離れて、暫くしたら、昂平くんに、息子に渡して欲しいって」
「……」とコインロッカーの中には果たして何が入っているのか、見当がつかない昂平であった。




