『悲しみバレンタイン』
『悲しみバレンタイン』
長い長い夜が漸く明けた。そんな表現が一番ピンときて、一番最良な表現だったのかも知れない。
藤田はあの後、再び意識混濁状態に陥ってしまった。医師たちの必死の治療の甲斐もなく、明け方の日の出を待たずに亡くなった。
医師はもちろんだが、それ以上に警察関係者の焦燥感は酷かった。
藤田は未司馬家一家殺人事件の犯行を認める遺書はしたためていた。が、本人からの直接の自供は得られてなかった。機会が無かったのなら、諦めも、対外的に言い訳もつくが、そうではなかった。昨日の夜、僅かながらでも、そのチャンスが訪れていたのだ。そのチャンスをみすみす逃してしまったという現実が朝になっても、重苦しく暗雲が立ち込めるかのように、警察関係者の誰もを包んでいたのであった。
昂平も夜中になって、警察関係者からの連絡で事態を知らされていた。昂平は直ぐに病院に駆けつけた。昂平が駆けつけた時にはもう既に手遅れの状態であった。昂平は最期に藤田と別れをした。別れをしたといっても、単に最期を看取ったに過ぎなかった。
父親……息子。親子。
二人は決して、そんな言葉がしっくりとくる関係ではなかった。あんな奴なんてどうでもいいと思った事さえあった。最期の藤田の表情は驚くほど安らかに見えた。少なくとも昂平にはそう見えた。そう思う事で、ほんの少し楽になれるような気がした。藤田もそう思って欲しいに違いないと昂平は勝手に思った。そして、昂平はこの瞬間、ある事実に気がついた。
【誰もいなくなった……自分と同じ血が流れる人間が……誰もいなくなってしまった】
それでも昂平は泣かなかった。泣く事は決してなかったのであった。




