『罠-9』
桃が病院の近くの道で怪しい人影というか、後ろ姿を発見した。
桃が小声で、
「平井です。病院近くで怪しい人影を発見。これから追尾します」と携帯電話で報告する。
桃がゆっくりと、が、少しずつ、怪しい人影との歩を詰めていく。その時、進路が行き止まりになった人影が踵を返した。桃も慌てて、適当な物陰に隠れる。
桃の鼓動が高鳴っていく。この日は拳銃携帯許可が出ていなかった。近くにあった武器になりそうな適当な木材なんかを手に取った。桃はその木材をきつく握り締めた。怪しい人影が、桃が隠れる物陰に近付いてくる。桃はその時、今までに感じた事がない位の緊張に包まれていた。
【私は刑事。
私だって負けていない……
私だって、上村さんには負けていない。
事件の真相が知りたい。
どうしても……知りたくてたまらないんだ】
桃は意を決して、怪しい人影の前に立ちはだかった。桃はその人影……その男を見た時、衝撃を感じ、愕然とした。
【……やっぱり……】
桃には相手を突き止めたという充実感は全くなかった。それより何より、絶望というか、恐ろしいほどの空虚な思いが胸を支配していた。今、桃の目の前に立つ男……それは昂平であった。
「どうして?」
「……」と昂平は何も答えなかった。
「……あなたが?」
「……」と昂平も居た堪れないというか、とても切ない表情で桃を見つめる。
「……どうして……」
「……」と無言のまま、昂平がその場を走って逃げていく。
「……」と桃が呆然と立ち尽くす。
少し経って、上村が現れて、
「どうでした?」と桃に聞く。
「すみません。逃げられました」と桃が頭を下げる。
「どんな人物か見ましたか?」
「……いえ」
「特徴とかは?」
「……いえ」
「……未司馬昂平じゃなかったですか?」
「……分かりません」
「……そうですか」
「すみません」
「仕方がありません」
その時、上村の携帯電話に着信が入る。
「もしかしてねずみが捕まったのかも知れません」
「……」と桃が驚きの表情を浮かべる。
「もしもし……」と上村が携帯電話に出て、
「えっ! 本当ですか? 今直ぐ行きます」と携帯電話を切る。
「……捕まったんですか?」と桃が恐る恐るという感じで聞く。
「いえ」との上村の回答に桃がほんの少しだけホッとしたような表情を見せる。
「藤田の意識が回復したそうです」
「本当ですか?」
「はい。急いで戻りましょう」
「はい」と桃は上村と共に病院に戻っていく。
その時、空からは雨がぽつり、ぽつりと降ってきたのであった。




