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彼女の消えた、春。  作者: 日下真佑
7/23

7 十五の春

今日からしばらく甘川弘人あまかわひろと美祈みのりのエピソードです。

どうぞお楽しみください。

 林田瑞希の保護者は、母親だけだった。

周囲の環境が原因で体調を崩した瑞希は、中学二年生の冬、とある雪国から母の実家のあるこの街へ転校して来た。

甘川弘人(あまかわひろとは瑞希の書類を見て、どきっとする。

前の学校での成績は極めて優秀。運動も勉強もできるらしく、陸上部では県大会の受賞実績まで持っていた。更にピアノが得意らしく、有名コンクールの全国大会で銀賞を受賞している。

凄いな、と正直思った。教師になって十五年、こんな生徒は今まで見たこと無かった。しかし一番弘人が驚いたのは、華やかな実績の数々ではなく、その性格だ。

これだけ何でもできるのに、瑞希は中学生とは思えない程、自分にも他人にも厳しい女の子だった。思春期特有の自意識過剰な面も全くなく、ありのままの今を受け止め、いばら道のような過酷な人生を懸命に生きている。こんな生き方は大人だって容易いことではない。しかも、これだけ家庭がごたごたしているのに、そんな影すら全く見せない。ただ一つ残念なことは、体が恐ろしく弱っていることだ。病気のせいで毎日学校へ登校する体力すら無い瑞希を見て、弘人は中学時代の自分を思い出す。

一緒かも、知れない。

本当は勉強も運動も得意なのに、体のせいで何もかもできなかった十五の春、弘人もやり場の無い気持ちを抱えてベッドに横たわっていた。


 幼い頃の大病の影響で、弘人は人一倍体が弱かった。とても学校にまともに通える体ではないのに、父親はそんな弘人を無理矢理小学校へ行かせた。

「俺の息子のくせに、人並みに学校も行けなくてどうする?」

一日の大半を保健室で過ごさねばならない弘人を、父親は毎日責めた。母親は優しい人だったが、父親に暴力を振るわれて、言いなりだった。

 小学校を卒業し、中学生になってもそれは全く変わらなかった。が、中学二年の夏が終わった頃から、嘘みたいに体調は回復していった。

弘人はようやく自由に動くことができるようになって、嬉しくて泣いた。そして、体が辛すぎてできなかった勉強を、小学校の分から一人でやり直した。しかし、長年寝たきりに近かった体力はすぐには戻らないので、長時間勉強することは難しく、中学卒業後は浪人を決めた。

 徐々に回復する体力は嬉しかったけれど、毎日夕方になると聞こえてくる、父の怒号と母の悲鳴を聞きながら勉強するのは、本当に辛かった。父は弘人の顔を見る度に、「母親似の出来損ない」と罵った。一流大学を卒業し、大手企業の管理職を務める父は、母をよく馬鹿にした。そして、気に入らないと髪を掴み弘人の前でも平気で母を殴った。弘人は何度も母を庇ったが、その度に父に罵られ、治りかけの体を容赦なく折檻された。

 二年遅れて弘人が高校生になると、両親は離婚した。母は長年のDVで心を病んでいたので、実家に戻ってすぐ、精神病院に入院した。弘人はそんな母の実家の支援で、一人暮らしをして高校へ通うことになった。

 入学式の朝、学校の近くの小さなアパートから、真新しい制服を着てたった一人で家を出る。すると、同じアパートの隣の部屋から、同じ学校の制服を着た女の子が出て来るのを見て、目を見開いた。

「おはよう、ございます」

緊張しながら挨拶すると、その子も一瞬驚いたらしく目を見開いて、慌てて笑顔になる。

「おはようございます。もしかして、K高校の人ですか?」

高校生とは思えない、大人びた笑顔で微笑まれて、弘人はどきっとする。

「はい。今日入学式なんです」

必死に平静を装って答えると、女の子はぱっと顔を輝かせた。

「奇遇ですね!実は私もそうなんです。うちは親も来なくて私一人だから、良かったら、一緒に行きませんか?」

「はい、是非。実は俺も一人だから」

弘人は当たり前のように女の子の隣に並んだ。さらさらの長い髪を一つに束ね、二重で伏目がちな目に、真っ赤で上品な口元の目立つ凄い美人だ。

「俺、甘川弘人って言います。あの、名前、何ていうの?」

同級生だし、勇気を出してタメ口でしゃべってみる。すると女の子も少し恥ずかしそうに、弘人を見た。

山野美祈やまのみのりです。同級生だから、私もタメでしゃべるね」

はにかんだ口調でそう言うと、学校までの道すがら、二人は他愛も無いおしゃべにに花を咲かせた。こんなに気の合う女の子は、生まれて初めてだった。

 それから二人は、毎日一緒に登校し、夜は二人で勉強した。そして、一学期も終わりになる頃、弘人と美祈は学校に内緒で同棲を始めた。

勿論、変な意図は無い。弘人がいた方が、安全だというのが一番の理由だ。

何故なら美祈は、その美しい容姿のせいか、よく変な男に絡まれる。

先日も一学期の期末テストの帰り、以前から目をつけていたらしい、三十代の男の教師に放課後トイレに連れ込まれそうになったところを、助けたばかりだった。それ以外にも、同じ学校の男子達に乱暴されかけたり、帰り道に見知らぬ男に車に押し込まれそうになったり、美祈が危ない目に会う回数は恐ろしく多い。

でも、弘人が傍にいれば、安全だった。

体が回復してから毎日ジョギングをしてつけた体力。185センチの長身と、体育の時間に感嘆のため息が漏れる程の優れた運動神経、そして常にトップクラスの成績のお陰で、弘人は生徒達から一目置かれていた。

おまけに、そこそこ端正な顔立ちをしているせいで、儚くて美しい美祈と並ぶと、とてもお似合いだった。

同棲を始めた日の夜、二人は初めて一緒に寝た。

美祈からふわっと香るシャンプーのいい匂いに、弘人はどきどきする。

「ヒロ君、一緒にいて」

甘えたような声で言われて、弘人は美祈とたった二人きりで世界にいるような、心地よい錯覚に身を委ねた。














いつもありがとうございます。

これからもよろしくお願い致します!

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