5 卒業の春
今日は二本目です。更新が気まぐれですみません。
宜しくお願いします。
それから、亨と未花の二人暮らしは順調そのものだった。
お金も家事も半分ずつ。料理は亨のバイトのある日は未花が、バイトの無い日は亨が作った。洗濯を未花がすれば、お風呂掃除は亨がする。毎月の支出は未花がきちんと管理して、それを亨が平等に折半した。百円ショップの食器やインテリアを吟味して、精一杯可愛らしいもの買い、工夫して使った。月に一度、亨のバイトの給料日に、近くのファミレスで食べるプリンサンデーが、ささやかな楽しみだった。
何もかも半分ずつ。仕送りと塾講師のアルバイトで生活する亨と、両親の遺してくれた貯金で暮らす未花の、つつましくも可愛らしい同棲生活は、約四年続いた。
そして、いよいよ大学を卒業する日。
亨は四月から念願の教師になることが決まっていた。卒業式の夜、未花に前から狙っていた可愛らしいペアリングを買って帰る。
綺麗なシルバーのペアリングを見て、お誕生日でもないのに、どうしたの?ときょとんとする未花に、亨はいつになく真剣な表情をした。
「未花ちゃん。俺はまだまだ半人前だけど、明日から必死で働く。だから、俺のお嫁さんになって欲しい。全力で未花ちゃんを守るから」
「亨君」
突然のプロポーズの言葉と同時に差し出された、小さな指輪に、未花は目を見開く。そして、嬉しそうに顔を綻ばせると、ぽたぽたと大きな目から涙が零れた。
「いいの?私で」
「勿論だよ。俺はこれから先もずっと、未花ちゃん以外の誰とも結婚する気はないから」
「亨君…ありがとう。こちらこそ、精一杯頑張るから、末永くよろしくね」
そう言うと、未花は亨の胸に顔を埋めた。
一週間後、真新しいスーツと靴を用意した亨は、眠れない夜を過ごしていた。明日からいよいよ教師としてスタートだ。行ったことの無い学校、始めての社会人生活…緊張のネタは尽きないけれど、とにかくやるしかない。
そう思うと、ようやく欠伸が一つ出た。未花はとっくの昔に、亨の隣で小さな寝息を立てている。
未花ちゃん、未花ちゃんのためにも明日から頑張るよ。
そう心の中で呟くと、子どものように可愛らしいその寝顔に、そっとキスした。
翌朝。結局そのまま寝落ちした亨は、いつもより早く目が覚めた。
目覚まし時計を見ると、まだ五時。もう一寝入りしようか、それとも、寝坊しないために起きようか迷いながら、隣を見る。すると、昨夜まで気持ちよさそうに寝息を立てていたはずの未花の姿が無い。
あれ?どうしたのかな?トイレとか?それとも、凝った朝食でも作ってくれているのだろうか?
怪訝に思って、のそのそとベッドから起き上がるも、キッチンにも、トイレにも未花はいなかった。
未花ちゃん?!
急に不安になって、玄関を見る。すると、きちんと揃えてあったはずの未花の靴が、無くなっていた。
未花ちゃん!!
驚いて、クローゼットを開けて見回すが、プラスチックの衣装ケースに入っていた未花の服も鞄も、何もかも消えていた。
嘘だろ?!
亨は驚きとショックで震えながら、スマホを見る。すると、一件のメッセージが届いていた。
亨君、突然本当にごめんね。私は行かなければいけないところができました。もうここには戻れません。本当は亨君にちゃんと話しておきたかったけれど、メッセージになって本当にごめんね。亨君と一緒にいて凄く幸せだったし、お嫁さんにもなりたかったよ。でも、それは無理みたい。だって、そこはどうしても行かなければいけないところだから。亨君、先生のお仕事絶対に頑張ってね。辞めちゃだめだよ。頑張ればきっといいことがあるよ。今までありがとう。永遠に大好きだよ!未花
嘘だ…未花ちゃん、どうしてなんだよ!!
幸せの絶頂から一気に奈落に突き落とされたような衝撃に、亨は動けずにいた。
未花ちゃん、どこへ行ったんだよ?
どうして黙って居なくなるんだよ?
俺のこと、永遠に大好きって言うなら、どうして、どうして…どうして黙って消えたりするんだよ?
「未花ちゃん、酷いよ…」
亨は呟くと、やり場の無い気持ちを抱えたまま、声をあげて泣いた。そして、悲しみのどん底に沈んだ心のまま、念願の教師生活は容赦なく始まった。
それからの数日間は地獄だった。どうしたらいいのか分からない気持ちを抱えたまま、表面上は愛想笑いを浮かべ、覚えるべきことを無理矢理頭に叩きこんだ。
教師になって初めての土日、亨は意を決して、高校と大学が一緒の友人とその彼女の三人で会う約束をした。
高校の時同じクラスだった友人なら、もしかしたら未花のことで何か知っているのかもしれないし、何より友人の彼女は、未花と同じ大学の同じコースの同級生だったことから、事情を話したら二つ返事で協力してくれることになった。
しかし二人に会って、亨は愕然とする。
何と、友人も、彼女も、誰も未花のことを覚えていないのだ。
「嘘だろ?確かに同じクラスにいたじゃないか?小坂井未花って子。高二で転校してきた、目が大きくて、髪がこれくらいの」
「知らないな。そんな子、学校にいなかっただろ?」
友人は言うと、気を利かせて持って来た、二冊の卒業アルバムをテーブルに出す。
一冊は亨も持っている高校のもので、もう一冊は彼女と未花が通っていた女子大のものだった。
「亨がそう言うから、小坂井未花って子を調べたよ。何度も確認したけれど、そんな名前の子は、高校にも彼女の通っていた女子大にも、いないぞ?お前、夢でも見てるんじゃないの?」
「いや、確かにいたんだ!俺はずっと、少し前まで小坂井未花と付き合っていたし」
亨が声を荒げると、友人は一瞬面喰った顔をして、可笑しそうに笑い始めた。
「お前、高校の時は彼女なんていなかっただろ?ずっと勉強頑張って、俺達みたいなむさい友達しかいなかっただろ。おい、大丈夫かよ?俺達時間あるから、納得するまでアルバムゆっくり見て見ろよ?」
「ああ」
亨は丁寧に借りたアルバムを開くと、隅から隅まで慎重に目を通した。何度も、何度も…でも高校のアルバムにも、女子大のにも、未花の名前も写真も何も無かった。
嘘だろ?そんな…未花ちゃんは、確かに少し前まで、俺と暮らしていたのに!!
未花ちゃん。どういうことなんだよ?
亨はアルバムを返すと、くらくらする頭を必死で正常に保ちながら、二人にお礼を言って店を後にした。
いつもありがとうございます。
これからもよろしくお願い致します!