4 真実
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プラットホームに立つと、電車の時間まで、まだ十五分もある。亨は逸る気持ちを必死で堪えながら、どうしたらいいのか、考えた。一時間半後にはアパートに戻れるけれど、未花に会わなければ安心できない。どうしよう……。
そうだ!!電話をすればいいんだ。電話をして、未花に夜に会う約束をすればいいんだ!!
そう気づくと、恐る恐る未花の番号を押した。コールしている間、正直生きた心地がしなかったが、もしもし、と未花の可愛らしい声を聞いて、少しほっとする。
「未花ちゃん?今、家?」
「うん。そうだよ。亨君、どうしたの?」
昼間と何も変わらない、きょとんとしているだろう未花に、全身の力が抜ける。
「あの、今夜十一時くらいに、ちょっと話たいんだけど、いいかな?」
「いいよ。亨君、今、外にいるの?」
「う、うん。ちょっとね。中学の先輩と偶然会ったから…話してる」
咄嗟に下手な嘘をつく。未花に嘘をついたのは、初めてだ。でも、もし、未花の実家を見に行ったなんて言ったら、未花まで消えてしまいそうで怖かった。
「そうなんだ。じゃあ、十一時に、亨君の家ね」
「遅くにごめんね」
通話を切ると、ちょうど到着した電車に乗る。夜が更けて真っ暗な車窓を眺めながら、亨は頭の中を整理した。
未花は高校二年生の夏に転校してきて、あのマンションに住んだ。両親はとても若くて、いつも二人揃って家にいたけれど、親しみやすい気さくな人達で、亨も未花と一緒にマンションの隣にあるカフェに連れて行って貰ったことが、数回ある。
あれは間違いなく、現実だ。一緒にコーヒーも飲んだし、クレープも食べた。話もしたし、お父さんにお土産だって渡したこともある。
なのに、どうして?
あるはずの未花の実家だった家は壁しか無かった。部屋すら、存在しない。
アパートに帰ると、約束通り十一時に未花は来てくれた。眠いらしく、服こそ昼間と同じワンピースだけれど、化粧も落ちて、ちょっぴり目がとろんとしている。
「亨君、話って何?」
いきなり玄関で切り出されて、亨は息を呑む。
言わなくちゃ。ちゃんと本当のことを言って、現実を見なくちゃ。
「あのさ、未花ちゃんのご両親、何があったの?実はさっき、実家へ行っていたんだ」
どうするかな?と恐る恐る未花の反応を伺いながら、亨は続ける。
「俺、全然知らなかった。一緒に高校通っていた時も全く気が付かなかったし、未花ちゃん、あのマンションに三人家族でいたよね?」
すると未花は、大きな目を見開いて亨を見つめた。目に涙が浮かんでいるのを見て、亨は無神経なことを聞いたのではと一瞬戸惑う。
「そうだよ。私、ずっとあの家にいたよ。でもね、お互い受験の追い込みでクリスマスを最後に一緒に勉強しなくなったでしょう?パパとママはね、あの後、お正月になってすぐ消えちゃったの」
「え?それって……もしかして、失踪とか蒸発とか、そういうやつ?」
「違うの。消えたの。あ、不倫とかじゃないよ!ちゃんと夫婦だし、私の本当のパパとママだからね」
「そうだったんだね」
それ以上は聞いてはいけない気がして、亨は口を噤む。すると未花は、そんな亨に説明するかのように、両親のことを話し始めた。
未花の話によると、両親はある日忽然と消えたらしい。置き手紙も何もなく、ただ前日に『お互いの場所へ帰りましょう。時が来たらまた会おうね』と約束して。独りぼっちになった未花は、それから毎日泣き続けた。そして、せっかく受験勉強を頑張って来たけれど、追い込みがかけられず、亨と同じ大学は落ちたので、同じ街の女子大へ進学した。
「だからここが今は私のお家なの。一人じゃ寂しかったけれど、亨君が隣にいるって知って心強かったよ」
そう言って、無理矢理微笑む可愛い笑顔を見て、亨は決心する。甘えん坊で寂しがりやな未花は、両親がいなくなってどれだけ心細かったことだろう?今も、平気なふりを必死でしているけれど、知らない街に一人で住んで、心細くて堪らないことがひしひしと伝わって来た。
もう、放っておけない。と亨は思った。
「あのさ、もし良かったら、一緒に暮らさない?そしたら、家賃もお互い半分で済むし、未花ちゃんも寂しくないよね?」
「いいの?」
「うん。どうせ隣の部屋なんだから、一緒にいようよ」
亨が言うと未花は泣きながら亨の胸に飛び込んできた。
「ありがとう、亨君。私、本当は寂しくて、寂しくてどうしたらいいのか分からなかったの」
そう言って泣き続ける未花の華奢な体を、亨は愛おしくて堪らないまま、強く抱きしめた。
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