3消えた「8014」
いつもありがとうございます。
今日もよろしくお願いします!
未花と一緒に楽しく過ごしながら、勉強を頑張っているうちに、あっという間に三年生になった。
亨の成績は順調で、これなら十分志望校の国立の教育大学を狙えると、担任からも太鼓判を貰っていた。しかし、そのせいで未花とはクラスが別々になってしまった。亨は国公立志願者ばかりがいる成績優秀者のクラスになり、未花は普通のクラスだったからからだ。しかし、二人の関係は変わりなく続き、いや、むしろ会う度にどんどん仲良くなって、気が付けばすっかりお互いがかけがえのない存在になっていた。学校では二人が付き合っていると思われているみたいだったけれど、亨としては今更告白するのも恥ずかしいし、受験の追い込みも忙しいし、未花もずっと一緒にいてくれるから、今はこのままでもいいかな、と漠然と思っていた。
そんな高校三年の夏休み、いつも通り未花の部屋で勉強した帰り、ついに未花から告白された。これ以降は受験でお互い忙しいだろうし、言うなら今だと思ったのだろう。大きな目をいっぱいに見開いて、亨を見つめるその可憐な様子に、思わずどきっとして息を呑む。
「亨君、今更だけど、私の彼氏になってくれない?あの…他に好きな子がいたら、ごめんね」
いつになく真剣な表情に、亨は最高にかっこいい言葉で返してあげたいと心から思った。が、必死で頭を回すも、これだと思う言葉が思いつかない。
「いいよ。本当は俺から言わなくちゃと思っていたのに、ありがとう。じゃあ、これからは彼女としてもよろしくね」
「やったー!よろしく!」
隣のリビングに両親がいるにも関わらず、未花は子どもみたいに無邪気な声を上げて喜んだ。
それから、冬まではお互いの志望校へ向けて、一生懸命勉強した。デートと言ったら、時折息抜きにファーストフードへ行くくらいで、あとは未花の家で一緒に勉強するだけの日々を過ごした。
春。
真新しいスーツに袖を通す亨は、晴れやかな気分だった。
見事、志望校である国立の教育大学へ合格し、数日前から大学の近くに一人暮らしを始めたばかりだ。未花も、亨と同じ街にある女子大に合格し、大学の近くに下宿しているらしい。
これからも一緒に会えるね、しばらく親戚の用事で忙しくて会えないけれど、四月に落ち着いたら絶対会おうね、と約束して卒業式に別れてから、約一か月ぶりに未花のスマホに電話してみる。
入学式の帰り、二人はお互いの家の真ん中のファミレスで、待ち合わせした。お茶をしながら久しぶりの再会を喜んだ後、未花の提案で未花の住むアパートへ行くことになった。
しかし、反対方向にあるはずのアパートは、なんと亨と同じ方向だった。
「こっちだと、未花ちゃんの学校、遠いんじゃないの?」
と聞くも、未花は大丈夫だよ、と言って微笑むばかりだ。
やがて、バスを降りて、未花に連れて行かれてアパートの前に立つと、亨は心臓が止まりそうな程、びっくりした。
「ここ…俺と一緒の、アパートなんだけど…」
目を見開く亨に、未花は照れくさそうにする。
「そうなんだ。偶然だね、私ここの205号室だよ。亨君は?」
「お、俺は隣の206だよ…えっ?!まさか、隣同士ってこと?!」
「うん。そうみたいだね。私、ちょっと色々あって、両親がいなくなっちゃったの…だから、隣が亨君で本当に良かった。心強いよ」
「えっ!未花ちゃんの家、何かあったの…?」
「うん…ちょっとね。でもお金とか生活には困っていないから、安心して」
そう言う未花の目に、うっすら涙が浮かぶ。
その夜、未花が家に帰った後、亨は一人で実家のある街へ行った。
幸い隣の県で電車で一時間くらいで着くので、すぐに行くことができた。夜の街はひっそりしていて少し不気味だったけれど、どうしても確かめたいことがあった。
実家の家族に気づかれないように、マンションの入口のオートロックを解くと、中へ入る。8014号室。実家の隣にある未花の実家に行きたくて、足音を立てないように、静かに歩いた。しかし、未花の家のある場所を見て、言葉を失う。
8014号室という部屋は、無かった。
亨の実家の隣は壁で、部屋も何も無い。
嘘だろう…?確かにここには8014号室があって、未花の両親と未花が住んでいたはずなのに。毎日のように一緒に勉強して、優しくて若い両親が、幸せそうに微笑んでいたあの部屋は、絶対にここにあったのに!!
どういうことだよ?いったい、どうなっているんだろう?
亨は勇気を出して、一階に住む管理人室を尋ねる。子どもの頃から良く知っている管理人さんは、亨の質問に快く答えてくれた。
「小坂井さんね、そんな方はここには住んでいないし、住んだこともないよ。だいたい8014なんて部屋も無いし…亨君の家が角部屋でしょう?勉強のしすぎで疲れちゃった?」
住居人の資料まで出してくれた管理人さんの手元を見ながら、亨は背筋がぞっと寒くなった。
いったい俺は何を見ていたんだろう?まさか、アパートに帰ったら、未花までいないとか、無いよな?
そう思うと、いてもたってもいられなくなり、管理人さんに帰省したことをくれぐれも両親に内緒にしてほしいとお願いすると、一目散に駅へと走った。
いつもありがとうございます。
これからもどうぞよろしくお願い致します。